勝敗グラフ中日ドラゴンズ選手名簿(おたんじょうび帖)中日ドラゴンズ年俸ランキング全日本年俸ランキング・全国版高額年俸ランキング・球団別表彰選手セ・リーグ個人成績パ・リーグ個人成績
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pre.2004 2004/01/01→2004/01

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2004/01/01対談:落合博満 ×室伏広治

中スポ企画オリンピックイヤー新春特別対談、落合博満対ハンマー投げ室伏広治。

オレ:「今年はいよいよアテネ五輪。五輪で何が一番面白いかと言えば、やっぱり陸上と水泳なんだよな」
室伏:「新聞で読んだんですが、監督は選手を“放牧してる”という言い方をされてましたね。やっぱり現役選手である以上、自分でポジションやレギュラーを勝ち取らないといけない」
オレ:「そう。基本は自分で練習して戦力になってくれればいい。けれど何をしていいか分からない選手には教えなきゃいけない。やることが分かれば放っておけばいいんだ」
室伏:「陸上でも一流との差というのは自分で考えてやってく能力にあると思っています。試合中に条件が変わったらどうするのか。誰かにアドバイスをもらうというわけにはいかない。その場で自分で判断しなければいけない」
オレ:「その通りだな。秋のキャンプではとりあえず全員を同じ土俵に上げた。あとは選手次第。2月のキャンプインに彼らがどれだけ仕上げてくるか」
室伏:「キャンプが楽しみですね」
オレ:「誰が戦力にふさわしいのか、ふるいにかけて一軍の28人を選んでいくだけだよ」

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2004/01/19勝つ野球をします。

「中日スポーツ創刊50周年感謝の集い」にて講演。「派手な野球は期待しないように。面白い野球じゃない。勝つ野球です。今、この地域のファンが求めているのは勝つこと。球場にお客さんを呼ぶには、何が何でも勝つことです。私は点取り屋。そういう意味では、私が監督になるのが(ドラゴンズにとって)一番よかったと思います」「無死満塁で四番がショートゴロを打てば併殺の間に1点。四番にスクイズをさせたっていいじゃないか。それが私の野球」「期待じゃなく、確信しての日本一です。だから皆さん、安心してナゴヤドームにお越しください」

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Live! Dragons!2004年、Dragonsは、変わる。

2004年開幕前、監督就任以来の落合博満語録を白地に青い文字で印刷したというだけのポスターが2種、中日球団によって制作された。「夢なんかで終わらせない」というのは星野仙一へのあてつけだろうか。画像→ポスター1 / ポスター2

このころ大豊さんが、道でばったり出くわした友人に「落合監督ってどうなのよほんとのところ」と聞かれ、「それがさあ、落合監督になってから選手以外の球団職員までみんなモチベーションが上がって、むちゃくちゃ雰囲気いいよ。行けるよ」と即答した、という話をネットで読んだことがある。

poster 01Live! Dragons! 2004

選手には泣いてもらいます。
ファンのみなさんには喜んでもらいます。

◎ 過去の監督たちを手本にしようとは思わない。独自のものを作り上げて行くつもりです。
◎ それぞれの選手が10%の底上げをしてくれれば、優勝は決して難しくないと思います。
◎ 昨年優勝できなかったのは、単純に言えば練習が足りなかったから。どの球団よりも多くすればいい。
◎ 最後は練習したものが勝つ。練習しないものがシーズン通して戦えるわけがない。
◎ 野球は簡単なもの。投げて、打って、守って、走っての4つしかないんだもん。
◎ トレード、解雇の凍結は一年限り。期間が終わったら何の前触れもなくバッサリやります。
◎ レギュラーを獲りたい、いい生活をしたいという気持があれば、練習なんてどうってことないだろう。
◎ どんなに素晴らしいと評判の選手でも、必ず自分の目で確かめて、その上で判断します。
◎ 投手にも野手にも、想像以上に面白い素材がいっぱいいる。このメンバーで戦えるという確信が深まった。
◎ チャンスは平等に与える。選手を絶対に色眼鏡で見ない。
◎ オレの中では、よその球団がどうこうというのは、まるっきり関係ないね。
◎ 最初はみんなミスをする。それをみんなでカバーすればいいんだ。
◎ オレはこれまでの野球を変えたいんだ。勝つための野球だ。
◎ 今は日本一になることしか頭にありません。私さえ間違わなければチームは日本一になれます。
◎ やっぱり野球は生で見るものと思う。一人でも多く我々の勇姿を見に来てください。

中日ドラゴンズ監督 | 落合博満

poster 02Live! Dragons! 2004

50年ぶりの日本一を本気で狙ってるんだ。
夢なんかで終わらせるわけにはいかない。

◎ 野球は結局、頭で差がつくんだ。頭で勝つ、頭で発想するってことを植え付ける。
◎ ノウハウはオレの頭の中にある。絶対に活字になんてしないよ。門外不出だ。それを選手たちに伝える。
◎ 中日のリーグ優勝、日本一を全身全霊で狙わないといけない。監督とはそういう立場です。
◎ 選手が調整に失敗したら、試合でのポジションはないよ。それが競争だ。
◎ 絶対に四番は育てられる。オレがそうだ。最初から日の当たるところにいたわけじゃない。
◎ プロ野球は絶対に滅びない。我々はファンに支えられているんだよ。
◎ 最初から輝いている選手より、埋もれている才能を見つけて育てたい。
◎ 最後はやった者が勝つんです。1本でも多く走った者、振った者が勝つんです。
◎ チームのために野球をするな。チームの犠牲になるな。自分の力を発揮することだけを考えてほしい。
◎ 指導には相性がある。合わないと思ったらコーチの話を聞かなくても結構。ロボットを作るつもりはない。
◎ やめた時、プロ野球界に入ってよかったと選手全員に思ってもらいたい。
◎ 野球の主導権は投手が握っている。そこから発想するのが一番確実。中日というチームなら、それができる。
◎ 自分で練習して戦力になってくれればいい。やることがわかっているなら放っておけばいいんだ。
◎ 昨季3点台だった防御率を2点台にすれば優勝できる。とにかく勝つことしか考えてないよ。
◎ ファンの声援というのは本当に励みになるんです。それを私たちにいただきたい。必ずいい結果を残します。

中日ドラゴンズ監督 | 落合博満

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2004/02/01キャンプイン

落合博満(1953年12月9日生まれ)北谷球場にてキャンプ初日に超異例の紅白戦。「べつにキャンプ初日にMAXに調整して来い、なんて意味じゃない。その時点なりの状態を見せて欲しい」というような話だった。よくわからんけど他チームのコーチとかからの批判的あるいは嘲笑的なコメントもけっこう新聞に載ってた。午後1時プレーボール。前日の落合博満(1953年12月9日生まれ、このとき50歳と2ヶ月。身長178cm体重80kg)談:「先発は川崎と野口。川崎をまっさらなマウンドに立たせて、それを紅組の1番・立浪が打つ。2番は福留だ。それで十分だろ。絶対に面白い試合にするよ。オレがテレビ局のプロデューサーだったら中継も考えるくらいのな。試合になれば打者と投手は真剣勝負。それが野球選手の本能なんだ」

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紅白戦と放牧

川上憲伸28歳、1日の紅白戦でいきなりMAX147キロ。福留「そりゃ、反則だよ」。憲伸:「今のところ何一つ嫌な感じがない。これからはボールのキレにこだわって投げ込んでいく」

朝倉健太22歳、2日の紅白戦でMAX147キロ。竜の若きスピードキングが、きっちりとその剛腕ぶりを披露した。

1日2日の紅白戦を終え、3日目からキャンプ本格化。北谷球場ではスパルタ荒行1000スイング、一方で読谷球場組の川相、立浪、福留、川相、大西ら主力ベテラン8人には白紙の練習メニューが渡された。オレ:「彼らにメニューはいるのか?」「ずっと言っているけど、管轄に置くことの意味と任せることの意味がある。放牧組(読谷)の8人は、状況に応じて自分でメニューを作れるからね」

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2004/02/09絶対に活字になんてしないよ。

ノウハウはオレの頭の中にある。

10日の第二クールから、毎晩8時に全選手全コーチ参加のミーティング。「体の方は第1クールで慣れてきたと思う。これからは頭の方も勉強だ。技術だけではなく、意識の改革もしてもらう」。12月6日に春キャンプの構想を語った時の発言:「野球というのは結局、頭で差がつくんだ。能力にそれほど差はない。だから春のキャンプでは頭の意識改革をする。頭で勝つ、頭で野球を発想するってことを植え付ける」「勝つための野球。ノウハウはオレの頭の中にある。絶対に活字になんてしないよ。門外不出だ。それを選手たちに伝える」

評論家落合博満は中日の試合を見て、何度も歯がゆい思いをしてきたという。なぜ、あの場面で送りバントをしない、なぜ、ヒットエンドランをかけない。「結局、ピッチャー出身の監督との野球観の違い。山田監督が悪くてオレが正しいという意味じゃない。ただ、これだけは言える。このチームはずっとピッチャー出身の監督が続いたけど、投手力はあるんだから、点の取り方を知っている野手出身の監督が指揮を執るべきなんだ。だからオレの野球が合うはずなんだ」。1点余分に取ることがいかに難しいか、そして大切か。投手を含めたディフェンス面も加えて徹底的に叩き込む。

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福留孝介離脱

福留孝介26歳、放牧組では最年少。「自分で練習メニューを決めるのは、3年前だったらできなかっただろうね。でも、今ならやるべきことは分かっているし、やれる自信はある」「今日はしっかり振れる足腰があるかどうか確認したかった。1000本ぐらいかな。1、2年前に比べて体が強くなったね。全然へばってないよ」

しかし第2クール初日ウオームアップ中、右足ふくらはぎに違和感。キャンプイン以来初めて快晴に恵まれた球場に衝撃が走り、福留は松葉杖で宿泊先に引き揚げたのであったー。1週間から10日程度、別メニュー調整へ。

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球春というか。期待を煽る持ちあげ記事の数々

仲沢忠厚21歳。オフの間、地元福井の山道でプロ競輪選手と自転車トレをこなしてきた。一番軽いギアで、高回転で足腰に負荷をかける。「はっきりと太腿が太くなりました。下半身がどっしりしたと言うか」「まずは1軍にいないことには何も始まらないから。そこから階段を一歩一歩上がっていきたい」

森岡良介19歳、もがき苦しむ。フリー打撃で「アーッ」と声を上げ、天を仰ぐ姿が目立つ。「子供の頃から野球をやってきて、ここまで悩んでいるのは初めて」。立浪二世と騒がれ、注目の的だった1年前が遠く感じる。

陳偉殷(チェン・ウェイイン)18歳。2月3日台湾からの航空機で名古屋入り、6日から読谷球場に合流。夜は大豊スカウトの熱烈日本語塾。「オハヨウ、コンニチワ、アリガトウ。これだけ教えてもらいました」

小林正人23歳。昨秋の一、二軍合同キャンプで、それまでほとんど一緒に投げたことのない川上、朝倉、平井を見て、あまりのレベルの差にショックを受けた。どこかでのんびりしてしまっている自分に気が付いた。「一軍に上がるためにはあれくらいのキレを身につけないといけないという目標が分かった」「持ち味はストレート。今はビビらず思い切って腕を振ることだけ考えてます」。伝説のエース、杉下茂氏は小林を絶賛。「おい。こんなにいいストレートがあるのになんで二軍なんだ。一軍で2ケタ勝てなきゃおかしいぞ」「ただ、疲れてくると肘が下がってシュート回転する。振り下ろす感覚で振り切れ」

高橋光信28歳サク越え12発、「右の四番」争いを独走状態。

ドミンゴ・グズマン29歳。一球ごとに、捕手の後ろに立つ評論家と報道陣席から感嘆の声があがる。剛球、そして完璧なコントロール。一体横浜時代の制球難は何だったのか。「制球難?そんなこと誰が言ったんだ。もともとコントロールには自信があったんだ」「体調はいい。去年とは比べものにならない」

川相昌弘進化する39歳、気迫の打ち込み350球、実戦守備練習でさすが絶品のグラブさばき。

筒井壮29歳、サード守備合格。

高橋聡文20歳。岩瀬がストッパーに転じて左の中継ぎが手薄になる中、首脳陣の評価はうなぎ上り。1年目は左膝、2年目も肩などを痛め二軍戦で登板わずか9試合。今も肩のマッサージは毎日1時間。「もう3年目なんで。1軍に上がって活躍しないと」

野口茂樹29歳。2日で350球、低めに直球ビシビシ。投げ込み数はチーム一。「腕の振りも納得できました。やっぱ、投げないと自分は駄目」「去年はただ心配で、多く投げて払拭しようとしてました。今年は腕が振れて、ストレートがちゃんと低めにいってる。これなら第2クールからは変化球も交ぜて投げることができる」

オマール・リナレス36歳、練習試合に先発出場直訴。「僕の気持ちを、試合で監督にアピールしたい」オレ:「ポジション争いが厳しいのは左翼と一塁じゃないの。一塁は誰を使っても大丈夫。井上、光信、森野。そこにリナレスがどう絡むか」

ドラフト3巡目“北の大魔神”石川賢(さとる)22歳。シート打撃初に登板し打者6人をパーフェクト。100kg超の体重を乗せた鉛のような球をビシビシとミットに突き刺し、即戦力右腕の片鱗を披露。「マウンドに立てば闘志が湧く。無理して痩せるつもりはありません」。あーそうですか。

02/16(SANSPO.COM)落合博満監督(50)が、北谷キャンプ2度目の休日となった16日、谷繁元信捕手(33)にレギュラーを確約した。就任以来、捕手を補強ポイントとして掲げ、谷繁の奮起を促してきた指揮官。第2クールまで早出特打を欠かさない姿に、ようやく正妻の座を約束した。
8勤キャンプや徹底した打ち込みで、ここまで野手のライバル心を煽ってきた同監督。昨年までの正捕手に対しても「とにかく安心させちゃいけない」と突き放す態度を見せて、反応をうかがってきた。
効果はてきめん。谷繁は連日、本隊出発より30分以上早い午前8時45分には宿舎を出発して早出特打を継続。午後の強化練習も手抜きすることなく、若手の鑑となった。背筋痛など故障がちだった昨年までの谷繁を、落合監督は「皆がチヤホヤしすぎたんじゃない?」と言っていたが、その分析が正しかったことを証明してみせた。
「谷繁は日本一の捕手になり始めたよ。素材的には古田や城島と変わらない。それが矢野より下とか、言われてたんだから…」「今後の競争はファーストとレフトじゃないか」と、落合監督はついにここで“正妻手形”を切った。故障者続出でハラハラさせたオレ流キャンプで、最も若返ったのが意外にも谷繁。その成果がよほど嬉しかったのだろう。だそうです。

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comment集金村さんとか広岡さんとか、ミスターとか。

東尾修の「ひとりごと」:落合は監督1年目から自分らしさをあれだけ出せるのは凄い。キャンプ初日から紅白戦なんて、思い付いても怖くてふつう実行できない。良し悪しについては何とも言えないが。今年の中日キャンプのいいところは球場が2つあり、一軍・二軍の選手を全員一度に見られる体制にしたこと、さらに、ブルペンで一度に10人が投げられるようにしたこと。キャンプで一軍・二軍の振り分けをしてしまうと、若手とベテランが揃ってブルペンに入る機会なんてまずない。こうして並んで投げられると、お互いにいい刺激になる。これはキャッチャーをそれだけ揃えたからこそ可能、ということも忘れてはならない。通常のキャッチャー以外にもブルペンキャッチャーが豊富な中日は、監督・コーチも全部で22名、その数は西武のおよそ倍だ。

長嶋茂雄、2/17北谷球場を訪問、博満と1時間半に及ぶ密談。「落合監督は、言動を見てもプロらしい、今の世代にはない個性豊かな方。飛躍する期待感を持っています。何と言いますか、セオリー外の野球、采配、用兵が見られそうですね」「ブルペンですね。野口、川上、ドミンゴ、岩瀬。いろいろテレビや新聞で報じられている以上に、圧巻でした。勢い、迫力に驚きました。質量ともにリーグナンバーワンのスタッフですね」「ウーン、型破りな野球への期待度はビッグです、ハイ」。オレ:「話の内容は覚えてないなあ。個性豊か? それは向こうだろ?」

金村義明のキャンプレポート中日編:オレ流キャンプ楽しみにしてたんですよ。見るべきものはなかったですね。いわゆる放牧状態なんだけど、ちゃんと調整できてるのは立浪ぐらい。それに、コーチは教えちゃいけないとか、目からウロコの発言が多すぎて、凡人にはわからないことが多すぎる。「オレが采配を間違えなかったら、日本一になる」とおっしゃってますが、根拠、裏付けが見えない。はっきり言いますけど、中日がこのキャンプで日本一になったら、僕、来年からキャンプ取材やめますわ。

広岡達朗のキャンプレポート:「中日のオレ流キャンプは理解できない、個人練習ばかりで連繋プレーの練習が全然ない」

江夏豊のアウトロー野球論(週刊プレイボーイ2003年12月9日号) ドラフトは別にして、今オフ、補強は行わないのだという。球団からはバックアップを打診されたのだが、それに対して「一切、要りません」とはっきり答えたらしい。昨今、勝つためには大型補強が不可欠といわれるゆえ、その方針を聞いた当初はあまりに楽観的と感じた。本当に補強なしで答えが出るのか。改革にトライする姿勢はものすごくいいが、やや理想に走ったプラス思考との印象は否めない。そう言うと監督は「いや、僕ほどマイナス思考の人間はいませんよ」と返してきた。そこで自分は「じゃあ、来年、あなたが苦しんでのたうち回る姿をとくと見させてもらうよ」と意地悪く答えておいた。その時代に逆行する稀少さも含め、真の意味での”オレ流”が浸透することを大いに期待したい。

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乙武洋匡レポート『Number』599

井端:「いちばん驚いたのは、選手をけなさないこと。体力的なことで『なんだ、もうバテたのか』とかは言われますけど、技術的なことに関しては一切言わない」「最初の頃はバッティング練習していても、どうせ監督は『この下手くそ!』とか思って見てるんだろうなあ、とか考えてたんですよ。それが意外にも『なかなかいいじゃないか』と声をかけてくれる。若い選手なんかは自信になるでしょうね」

川相:「高卒ルーキーなんかは、やっぱりキャンプ途中でリタイアするんですよ。でも、落合さんは彼らにも『まあ当たり前だよ。高校生がパッと入ってきて、いきなりプロの練習に耐えられるだけの体力はないんだから』なんて声をかけたりする。逆に大学、社会人出のルーキーが順調にメニューをこなしていれば、『さすが大学、社会人を経験してきただけはあるよなあ』なんて誉めてあげてね」「落合さんが谷繁とバッターの攻め方について話しているのを聞いたりすると参考になりますよ。22年目を迎えても、なるほどなあと思うことがたくさんある。だから監督のまわりをウロウロして、他の選手とバッティングの話とかしているのを盗み聞きして勉強してるんです(笑)」

山北:「キャンプ初日に紅白戦って最初に聞いたときは戸惑いましたけど、やってみたらそれほど大きな問題じゃなかった。逆にキャンプ中は妙な安心感があったんです。いちど体を仕上げてあるから、もしどこかを痛めても大きな怪我にはならない」

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鉄拳禁止令

体育会的な厳しいノリは見当たらない。

▼中日の”体育会系体質”を完全排除、首脳陣と選手、先輩と後輩といった上下関係や古い因習をすべて取っ払う。6勤1休で朝9時半から夕方6時までビッシリ練習というハードな中日の沖縄キャンプだが、体育会的な厳しいノリはどこを探しても見当たらない。練習中のナインはペットボトル持参でノドが渇けばいつでも水を飲んでOK。「ヨソの球団で打撃ケージにペットボトルが置いてあるところなんてないだろ」と落合監督。さらに、ナインがコーチから指導を受ける時も落合監督は「コーチが立って選手が座っていてもいい。そんなことに目くじらは立てません」と礼儀作法にもこだわらない。

▼こんな無規律なシステムはこれまでの中日にはあり得なかったが、その極め付けが鉄拳の封印指令だ。あるコーチは「もうウチではどんなことがあっても鉄拳指導はあり得ない」と言う。落合監督から「選手はみんな一人前の社会人なんだ。そういう扱いをしてくれ」と通達されているからだという。鉄拳の鬼・星野監督時代はもちろん、山田政権時代でもミスを犯した選手にコブシが飛ぶケースがあったが、落合監督は全ナインを対等な人間として扱う方針だ。

▼秋田工時代は10回以上も入退部を繰り返し、東洋大も中退した落合監督。理不尽と感じたチーム内の上下関係を嫌った結果だっただけに、中日ではすべて排除するのも当然か。「キャンプのメンバーも一、二軍の区別がないし、序列が生まれにくい。コーチも練習中にパチンコの話なんか振ってくるし、いい雰囲気ですよね」とナインの評判も上々の落合流キャンプ。オレ流満開「野球がうまくなってくれればそれでいいんだ」。(11月10日発行 中京スポーツ)

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オレ流ノックvs.オニの二遊間、すっかりキャンプ名物

キャンプ時点では『荒木ショート/井端セカンド』案が有力だったらしい。ところでノックをノックと呼ぶのは和製英語で、アメリカでは fungo だそうだ。知らんかった。

2004/02/07(土)
サブグラウンドでの個別特守。大勢の観客が注目する中、ノックバットを持った落合監督、振り出したら止まらない。。餌食となったのは井端、荒木の二遊間コンビ。強烈な打球を打つわけではない。前に転がし、左右に揺さぶり…。井端:「嫌らしいノックです。この手、見てください。負けずに行こうとパチン、パチンと捕り過ぎました」。確かに心なしか、むくんでいる。井端を52分、荒木を13分いじめて、息も弾ませずコメントも残さず2人を置き去りにした。

2人とも受けたのは遊撃だったが、ベースを結ぶ線上に守った井端に対して、荒木は監督自ら「定位置につけ」と下がらせた。構想では二塁に井端、遊撃に荒木。井端の右肘の状態を考慮しつつ、荒木の課題であるスローイング矯正の継続をコーチ陣に命じている。 このテーマが最終的に『決定』にまで昇格されるかどうかは、荒木の上達次第。どちらもできる井端は自由に動かせる“コマ”だが、井端は遊撃志望。そこで監督は宿舎の自室に井端を呼び寄せ、その男気をくすぐった。 「荒木がもし(遊撃を)できなかったら、その時は頼む」。こう言われ、「がってん!」と胸をたたかない男はいない。守り抜く野球の根幹に、落合監督にとって最大の関心と細心の配慮がある。(渋谷真)

2004/02/11(中スポWEB)
午後3時10分、ゴングが鳴った。最初はショートに井端、セカンド荒木の昨季二遊間コンビでダブルプレーの練習。続いて二遊間の守備位置をそのまま入れ替えて、ダブルプレーの練習を延々と繰り返す。誰も終わりを言い出さない。2人ともフラフラになりながら、「もう一丁」を繰り返す。 途中から高代野手総合チーフコーチも加わってノッカー2人対野手2人の戦いとなった。

結局、終わったのは約2時間後の午後5時5分。落合監督が約500球、高代野手総合チーフコーチも同じく約500球。高校野球を彷彿させる1000本ノックが、沖縄の青空の下、繰り広げられた。 「二遊間の入れ替えはバリエーションの一つ。荒木ほどの足と肩があれば、すぐに12球団でもトップクラスのショートになれる。ということは12球団でも有数のショートがうちには2人いることになるんだ。投手を中心とした守りの野球がうちの基本方針なんだから」 肘に不安がある井端をセカンドに、井端よりさらに守備位置の広い荒木を遊撃に。落合監督が理想と描く守備位置がキャンプの深まりとともに現実味を帯びてきた。(青山卓司)

2004/02/16(中スポWEB)
落合監督はコンバートを決意、竜の開幕守備陣が決まった。第2クール最終日の15日、沖縄・北谷球場でシート打撃を初めて行い、守備範囲が広い荒木を遊撃に、右肘に不安がある井端を二塁で起用した。 秋からあらゆるシミュレーションを繰り返してきた指揮官が出した答えは、ショート荒木、セカンド井端だった。

昨季までのショート井端、セカンド荒木の二遊間でも十分に通用する。それどころか「個人の守備力だけでなく、コンビネーションも含めたら、うちの二遊間は12球団ナンバーワン」と仁村徹内野守備コーチが胸を張るほどレベルは高い。 それでも落合監督はコンバートを決意した。まず井端の右肘不安。今は痛みがないとはいえ、昨季あれだけ悩まされていた遊離軟骨の除去手術を結局、このオフ回避した。ひじへの負担が大きいショートでは、再発の危険もそれだけ増える。 そして荒木。送球に不安がある荒木にとって、守りやすいのは実はショート。流れの中でボールを取り、そのまま送球動作に入ることができるからだ。さらに井端にはない速さが荒木にはある。守備の堅実さでは井端に軍配が上がるが、遊撃手にとって大切な守備範囲の広さでは荒木が上回る。 「あれだけの足と肩があれば、荒木は12球団ナンバーワンのショートになれるよ」と落合監督も、その才能を絶賛する。

中スポWEB
このキャンプで落合監督が最も力を入れて取り組んでいるのが井端と荒木へのノック。この日もシート打撃で荒木にショートの守備位置に就かせ、試合形式で荒木の適性を見極めた後、夕方から再びノックの雨を2人に浴びせた。約1時間15分。ショートとセカンドに2人をつかせ、このキャンプのために特注した「OCHIAI」のネーム入りノックバットをひたすら振り続けた。

「荒木と井端が捕れなかったゴロは全部ヒットだ。それほどあの2人の守備はすごい。守備だけならアメリカで通用する」と、ついに合格点を2人に与えた。キャッチャー谷繁、サード立浪は不動。一塁には高橋光が入って、竜の今季のダイヤモンドが完成した。(青山卓司)

2004/02/23(月)更新『ウラ竜鯱』より
井端弘和カキーン!。昭和の球界を沸かせた三冠王の打球が鋭く三遊間を切り裂く。その瞬間、荒木が横っ飛びで逆シングルの腕をいっぱいに伸ばす。ボールはグラブの先っぽギリギリに収まった。ニヤリと笑う三冠王。間髪入れず次なる打球が“OCHIAI”と書かれた青いノックバットから放たれる。「ウワッ!」猛然と前へダッシュした井端はその打球を右手でつかむとその体勢のままファーストへ送球。

すっかりキャンプ名物となった落合監督のノックによる井端、荒木二遊間コンビの特守。「あの二人は守備だけならメジャーで通用する。」と監督が絶賛する二人の守備力と、時にフック、時にスライス、ロビングがあればボテボテのゴロ・・・、前後左右に選手たちを容赦なく振り回す“捕れなさそうだけど捕れる”俺流ノックは、見ている私たちも時間を忘れるほどのエンターテイメントである。監督の「このノックを見せるだけでも金が取れる」という台詞にもうなずける。キャンプ第2クール最終日のこの日も夕暮れの空をバックに繰り広げられていた。「さあて、いくつ行くの?」「二人で50本お願いしますっっ!」

荒木雅博二人がノーミスで50本続けて捕れたら終了、という設定なのだがこれがなかなか容易ではない。40本を過ぎ、残り10本を切ってからの打球には特別の愛情がこもっているように見えた。手加減なしに嫌らしい打球を散らす三冠王の前に、ふたりは撃沈し続ける。「45!」「46!」「47!」「48、うわぁ〜っっ!!!」 およそ2時間の激闘。息も絶え絶え、40本までクリアしたところで日没サスペンデッド。

「10個は貸しとくなー!」監督の声に、「キャンプ・・・が終わるまでには・・・精算・・・しますよ・・・」と汗だくの荒木が返す。気が付けば北谷の観覧車もすでにきれいにライトアップされていた。涼しい顔で球場を引き上げる落合監督とは対照的に、ふたりは泥だらけ。荒木:「初めての時に比べるとだいぶ慣れてきました」。井端:「今は泳がせてるだけですよ。そのうちあのウインドブレーカーを脱がせてみせますから」。三冠王 vs 鉄壁の二遊間。しばらくこの戦いから目が離せない。

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2004/03/01キャンプ終了

1カ月にわたる沖縄・北谷町でのキャンプを29日に終了し、2日3日福岡ドーム・ダイエーとのオープン戦に備え、チームは福岡市に移動。「オレが思っていた以上にこのキャンプで選手は成長してくれた。それはオレ自身よりも、選手が実感してくれてると思う」「福岡に入ろうが名古屋に戻ろうが月が変わろうが、新たな感慨なんて何もない。オープン戦は選手が見せてくれるものを判断するだけ。勝ち負けは一切、問いません」

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プロフェッショナル裏方さんとか。

▼白井オーナー、西川球団社長がキャンプ視察のため沖縄・北谷球場を訪れた12日、落合監督からあるお願いをされた。裏方と呼ばれる人たちへの特別手当ての支給。秋季キャンプに対する手当てはこれまでも支払ってきたが、それとは別に今回は現金で手渡すという。

▼28個しかない一軍のイスをめぐるサバイバルゲーム。その闘いをサポートするスタッフに落合色が配されている。例えば打撃練習の捕手。昨年まではブルペン捕手が兼務していた。今年からナゴヤドームでの試合はアルバイトを雇用する。5日の西武戦から早速中京大の学生が活躍。この方針は開幕後も継続することが決まっており、目下午後に空き時間があるフリーター捕手を探している。「大助かりですよ。早出を含めると2時間半座りぱなしでしたから」と中原用具担当も大感謝。

打撃投手には「球拾いや機材の設置など雑用はやらなくていい。君たちは投げることが仕事。それに専念してくれ」と負担を軽減する措置を命じている。「僕たちもプロとして扱ってくれるということ。ありがたいし、それだけプレッシャーはありますね」と永田打撃投手が言うように、投げる(捕る)専門職としてのプロ待遇。プロが支えてこそプロが育つ。そのためにはわずかな経費も惜しむことなかれ。それが落合博満の考え方だ。

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2004/03/11落合博満には何が見えるのだろうか

戦慄の予言師・アカギ

11日、対巨人オープン戦で木佐貫を打って勝ち越した直後の七回裏、一死二塁でボスが筒井壮に話しかけた。「おい筒井。森野が四球で、大西がレフト前に打つぞ。だからオマエで勝負だ。どこに打つんだ?」。寸分の狂いもなく的中した。満塁。筒井壮は中越えの走者一掃二塁打を打ちながらも、畏敬のまなざしをベンチに向けた。「ものすごいプレッシャーかけてくるんですもん。黙って打席に向かいましたよ」。センターオーバー打ってきます、とか言わなかったの?「んなこと言えるはずないじゃないですか」

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2004/03/12岩瀬骨折

風呂で転んだってマジですか

開幕までわずか3週間。落合竜を衝撃的な情報が駆けめぐった。新守護神・岩瀬仁紀投手(29)が左足中指を骨折。開幕1軍は絶望となったのだ。「岩瀬? 今日は休み」。12日ナゴヤ球場で行われた練習に、1軍、残留者では岩瀬だけが姿を見せなかった。その理由を落合監督は“休養”と説明。ほかのコーチ、トレーナーも「(監督の方から)休みをあげたと聞いています」と口裏を合わせていた。だが、これも超一級のシークレットに対する箝口令だった。

断片情報を総合すると、岩瀬が負傷したのは遅くとも11日朝。原因は自宅の浴室で転倒したためという。その際、左足を強打して中指を骨折。医療関係者によると「一般論として、骨が完全にくっつくのには最低でも3週間はかかる」という。その間、ランニングはもちろん、歩行すらできない。肩、ひじを含めた上半身も、筋力トレで維持するのが精いっぱい。投球はできず、2軍での調整登板を経て、1軍のマウンドに帰ってくるのは、すべてが順調にいっても4月末から5月初旬となりそうだ。

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2004/03/23復帰

右ふくらはぎを痛め特別メニューで回復に努めてきた福留孝介外野手(26)が、23日の阪神戦で実戦復帰。ようやくベストメンバーを組んだ四番に入った。故障の再発防止もオランダ製の魔法のオイル『「スポーツバルム』で万全。実戦は2月1日の紅白戦以来。

『仰天!!岩瀬が投げた 鉄人健在アピール』 エッ!! 誰もがビックリだ。28日、最後のオープン戦となった横浜戦(ナゴヤドーム)に岩瀬が登板。1イニングを2安打1失点ながら、三振も2個奪った。骨折から18日、周囲の予想以上に早い回復ぶり。開幕1軍入りは予断を許さないが、チームにとって明るい材料だ。

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2004/04/01カワサキ?

開幕直前。

「準備はできた。あとは戦うだけ。開幕したら、勝つか負けるか。それだけ。よそのチームより1つでいいから勝ち数で上回ること。それだけを考えて戦う。幸いウチは投手力という最高の攻撃力を持っている。それを前面に押し出して戦う」。広島の開幕Pはたぶん黒田。「たとえ打てなくても、点の取り方はあるよ」「ピッチャーを崩すのは心配ないって。キャンプ、オープン戦を通して選手の意識は変わってきた。何をしなければならないのか、選手は分かっている。大丈夫」「特別な思いなんて何もない。140試合は長いんだ。開幕も2戦以降も一緒だよ。重みのない試合なんてないんだから」

春季キャンプまでは一塁手専念だった井上一樹32歳、「ちょっとノックを受けておけ」の一言で、開幕2日前にして初めてレフトでノックを受ける。約10分間。元外野とはいえ昨夏以来。

岩瀬仁紀29歳、開幕一軍。セ・リーグは30日、開幕時の出場選手登録を締め切った。中日は1人余した27人で提出したが、左足中指骨折の岩瀬仁紀投手の名は入っていた。骨折した足の指は、まだ完治してはいない。しかし、最強ストッパーは開幕戦からスタンバイする。「オープン戦や二軍の試合でどれだけ投げたから安心できるかといえば、そうじゃない。結局、体に問題さえなければ、腹をくくっていくしかないんです。足? 投げられる状態です」

川崎憲次郎33歳、何故か開幕一軍。開幕時点では外し、先発日に登録するというのが大方の予想だったが・・・? 中日新聞取材班が帰り際の監督を直撃すると、「先発だけじゃないでしょ。中継ぎもあれば抑えもある。タイプがあるって言ったって川崎が抑えをできないって訳じゃないんだ」。投げられるなら二軍ではなく一軍で使う、それも先発で、と言い続けてきたそのトーンが、明らかに変化していた。中継ぎ起用があるのか。ともあれ開幕一軍はヤクルト時代の2000年以来4年ぶり、当然移籍後初めて。川崎は笑顔で「まずは第一段階をクリアしたということだね」とコメント。