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pre.2008 2007/10→2008/03
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完全!!オレ竜日本一 53年ぶり悲願・完全!!オレ竜日本一 53年ぶり悲願(2007年11月2日) 落合監督、まだまだ底上げ 白井オーナーに日本一報告 /2007年11月17日約1時間30分もの会談では「監督は反省が多かったね。キャンプの仕方が悪かったと。来年の春はそれを踏まえて改良したいと言っていたね。『大変結構なこと、よろしく頼む』と言ったよ」約1時間30分もの会談は今季の反省や采配面の説明に及んだが、時間を割いたのが強化案。特に来年2月のキャンプについて具体的なプランを説明したという。今年は主力と若手が読谷、北谷と別れてスタートしたが、「『主力を放っておいたのは間違いだった。きちんと指導者が指導してトレーニングしないと成長しない』と言っておった」 さらにもう1つが宿舎問題だ。今年は全員が高級リゾートホテルに宿泊したが、これも失敗だと分析。同席した西川球団社長によると「全員が一緒にいることで甘えが出る。(一軍に)はい上がる意欲がなくなるということだった」。来年は一、二軍の差別化を図るというのだ。「1年の報告をしただけ。それしか言いようがないよ」。報告を終えた落合監督は多くを語ろうとはしなかった。 | ▲page top |
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マキシモ・ネルソン Maximo Nelson 26歳は身長204cm/体重86kgでMAX163km。ヤンキースのAAA時代に偽装結婚に関与して国外追放となり、以後はドミニカ国内リーグやイスラエル野球リーグでプレー、とWikipediaに、昨年はイスラエルリーグに所属したが収入はゼロ。ドミニカ共和国には2人の子どもがいる、と「ドラ番記者」に書いてある。 黒田は4年契約を提示されたが、カープ復帰を視野に契約短縮を申し出た。吉井理人は戦力外を通告され日ハムのコーチに。藤田宗一は「一度は巨人のユニフォームを着てみたかった」とのこと。移籍以外ではソフトバンク斉藤和巳は1月にロスで右肩腱板損傷部の修復手術だかで今季絶望らしい。神宮球場は改装して、両翼91mから101mになった。何年計画だかで長期改装工事進行中の甲子園は、今年はボックスシートをフィールドシートと改称し増席、結果としてファールグラウンドが狭くなった。以上、どうせいろいろ間違ったり抜けたりしてると思うので、何かお気付きの点はご連絡ください。もれなく感謝いたします。 | ▲page top |
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高校生ドラフト/中日は2度の抽選ハズレを経て赤坂。10月3日14時15分より東京・グランドプリンスホテル高輪にて高校生ドラフト会議が行われた。中日は当初の予定通り1巡目に仙台育英155キロ右腕・佐藤由規を指名するも5球団での抽選の結果、ヤクルトが交渉権を獲得。代わって市船橋151キロ右腕・岩崎翔を指名したがソフトバンクとの抽選に敗れ、代わって浦和学院の146キロ右腕・赤坂和幸投手を単独で指名した。西川球団社長は赤坂について「私のクジ運の悪さでこうなったが、彼は次代を担う逸材。投手として将来性がある」と評価。落合監督は「見たことがないからわからない」と話した。3巡目は尾道商・樋口賢投手で、指名は2人にとどめた。(nikkansports.com) ▼1巡目:赤坂和幸(あかさか かずゆき)投手/18歳/浦和学院/1989/09/04生まれ ▼3巡目:樋口 賢(ひぐち けん)投手/17歳/尾道商/1989/12/02生まれ 大学・社会人ドラフト/山内壮馬「好きな選手は今中投手」11月19日14時00分より東京・グランドプリンスホテル高輪にて大学・社会人ドラフト会議が行われた。中日は一巡目に愛工大の長谷部康平投手を指名したが、広島、西武、ロッテ、楽天の5球団での抽選の結果、楽天が交渉権を獲得。代わって名城大の右腕・山内壮馬を単独で指名した。山内は長谷部康平と豊田市杜若高校の同級生。三巡目は日立製作所の内野手・谷哲也。 ▼1巡目:山内壮馬(やまうち そうま)投手、22歳、杜若高→名城大/1985/07/01生まれ ▼3巡目:谷 哲也(たに てつや)内野手、22歳、鳴門工→日立製作所/1985/07/09生まれ。 ドラフト以外の主な人事異動、ドラゴンズ関連【戦力外】渡邉博幸(球団職員に)、樋口龍美(球団職員に)、加藤光教(打撃投手に)、金本明博(球団は育成契約を申し出るも固辞、会社員に)、竹下哲史(未確認情報ではどこかのクラブチームへ)石川賢(トライアウトを経て楽天へ)、鎌田圭司、三澤興一(現在はメジャーリーグにチャレンジしアメリカで活動している、と3月現在のWikipediaに書いてある)、バレンタイン、S・ラミレス、グラセスキ、エンリケ・ラミレス | ▲page top |
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デニー、樋口ら6選手に戦力外通告 /2007年10月30日中日は29日、6選手に戦力外通告を行った。樋口龍美投手(31)デニー友利投手(40)石川賢投手(26)三沢興一投手(33)金本明博内野手(19)鎌田圭司内野手(28)。金本は5月に異例のウエーバー公示差し戻しを受けた高卒2年目の選手だが、今季限りで中日から退団する。全員が現役続行を希望している。 渡邉博幸に戦力外通告 球団フロント入り要請 /2007年11月3日中日から戦力外通告を受けた渡辺博幸内野手(37)が5日、名古屋市の球団事務所で現役引退を表明した。当初は他球団で現役続行の考えもあったが、プロ12年間をすごした愛着ある球団でユニホームを脱ぐことを決意。来季からフロント入りすることになった。「プロ入りして結局一度もレギュラーを取れなかったけど、この歳まで現役をやらしてもらい、球団には感謝しています」と話した。一番の思い出として、99年8月19日、巨人戦(ナゴヤドーム)でのサヨナラ安打をあげた。 苫篠誠治氏43歳のコーチ就任を発表中日は11月5日、前西武の笘篠誠治氏と1軍外野守備走塁コーチで契約したことを発表した。1年契約で年俸は2000万円(金額は推定)。この日名古屋市内で会見し「中日はいい外野手がたくさんいる。伸ばしてあげたい」と話した。会見後はナゴヤドームを訪れ、落合監督らにあいさつした。nikkansports.com 立浪和義、コーチ兼任へ11月24日、中日は来季のスタッフを発表し、立浪和義内野手(38)が打撃コーチ兼任となった。来季がプロ21年目となるベテランは「大変なポジションを授かった。若い人がレギュラーとの差を縮める手助けをできるようにしたい」と抱負。「肩書が付いただけ。まずは選手としての(自分の)成績を残すこと」と、現役としての活動に重点を置くことを強調した。(Sponichi Annex) デニー友利、レッドソックスの国際担当顧問にレッドソックスは今季限りで現役引退した前中日のデニー友利氏(40)が国際担当顧問に就任したと発表した。05年にレ軍とマイナー契約を結び、メジャー昇格は果たせなかったが1年間プレーした。ブレーク広報部長は「日本に関する事柄の橋渡し役」と説明。国際スカウト補佐など選手獲得が主な仕事だが、西武時代の同僚で兄貴分として慕う松坂にとっても頼もしい存在となる。(2007年12月05日 | Sponici Annex) 石川 賢 いしかわ/さとる、トライアウトを経て楽天へ楽天は7日、元広島・木村捕手、元中日・石川投手の入団記者会見を宮城球場で行った。米田球団代表は「木村選手は、勝負強い打撃で打てる捕手として期待している。捕手としても、野村監督としっかりコミュニケーションを取って欲しい。石川選手は、制球力を付ければ上で通用する。特徴を生かして、上で活躍して欲しい」と、新戦力に期待を込めた。(中略)2度の合同トライアウトの結果入団が決まった石川は「一度クビになった自分を拾ってくれた楽天野球団に感謝している」と頭を下げた。そして「入団が決まって嬉しいが、来年の戦いはもう始まっている」と気を引き締めた。高校、大学ともに青山の2年先輩に当たる。「今は向こうの方が上」と青山の実力を認めながらも「高校から一緒だったので負けたくない」とライバル心ものぞかせた。背番号も併せて発表され、木村は「58」、石川は「60」に決まった。(2007年12月7日21時2分 | 楽天スポーツ) 一身上の都合…中日の春田任意引退
高卒2年目の春田が任意引退選手に中日の2年目春田剛外野手(20)が25日、任意引退選手として公示された。腰痛のために競技生活を断念して22日に球団に申し出てこの日、球団が公示手続きをとった。春田は2005年の高校生ドラフト3巡目で水戸短大付から入団。落合監督から一塁挑戦も指令されるなど期待されていたが、2年間で1軍出場はなかった。春田は「病院で腰痛がひどくなると下半身不随になるおそれがあると言われました。(今後の)復帰は考えていません」と話した。(2007年12月26日 | nikkansports.com) 当初は公示以外には中日球団ホームページの「春田剛選手から本日『一身上の都合』により任意引退の申し出があり」という発表しか情報がなく、ネット上では衝撃と憶測が飛び交った。 球団職員として渡辺、樋口の採用を発表中日は26日、今季限りで引退した渡辺博幸内野手(37)をチーム運営部動作解析として、樋口龍美投手(31)をチーム運営部1軍マネジャー補佐として採用すると発表した。(2007年12月27日 | nikkansports.com) | ▲page top |
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・福留と5日にも初交渉 FA宣言解禁(2007年11月3日) カブスの本拠地リグレー・フィールドは初代オーナーの「野球は晴れた空の下でやるもの」という方針により、1987年まではナイター設備そのものがなく、現在でもホームではデーゲームが多い。福留は中日ドラゴンズで一番デーゲームの打率が高い男(だと、田中スコアラーに教わった、と去年トーチュウに書いてあった)らしいので、合うのかも知れない。 ・岩瀬、単年なら4億円以上 きょう交渉 残留が基本線(2007年11月8日) ・どうする来季FA選手流出危機 球団はチームバランス優先(2007年12月17日) | ▲page top |
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県岐阜商出身和田一浩、物心ついたときから中日ファンでした。・竜、西武からFA・和田獲り 欲しかった右の大砲(2007年11月10日) 人的補償「未定」のままで、獲りにいくことを決めるのか。コストを考えずにプランを立てるような、値段を聞かずに買い物するようなものか。それって間違ってると思うんだが。 | ▲page top |
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和田獲得の人的補償は
西武は最後まで迷ったらしい。岡本と並べて迷う選手って誰だろう。「中里か佐藤充か岡本か」だろうか。 ・岡本も500万円上積み 大台突破へウエートトレで変身(2007年12月8日) 中日がFAで和田一浩外野手(35)を獲得したことに対する人的補償として、岡本真也投手(33)が西武へ移籍することが1月19日、両球団から発表された。名古屋市内の中日球団事務所を訪れ、伊藤球団代表と会談した岡本は「新天地でがんばる」と、前向きな意欲を語った。 西武移籍を正式通告された岡本は意外と冷静だった。「戦力外になったわけでもないし、西武に行っても野球をするだけ。必要とされるところに行って、新天地に行ってがんばろうという気持ちです」「自分じゃないかな…と、少し思っていたので」「去年も工藤さんが(プロテクト名簿28人から)外れて(巨人から横浜へ移籍して)いる。そういうのもあって、別にボクはビックリしていない」 「プロに入って5年やれるか、3年やれるか、という不安の中でやってきて、ドラゴンズで7年間やってこられた。まだまだドラゴンズでやりたいという気持ちはありますけど、こういうルールはルール」「野球ができるというのは同じなので」「名古屋のファンの皆さん、球団の方々、ありがとうございました」。不動のセットアッパーとして4年連続50試合以上に登板した。常勝・中日の縁の下の力持ちが別れを告げた。(生駒泰大) 竜戦士ショック!FA和田の人的補償で岡本“流出”岡本は18日に自主トレ先の伊豆で連絡を受け、この日、名古屋市中区の球団事務所で伊藤球団代表から正式に通告された。「昨年の工藤さん(巨人から横浜へ)のこともあったし、自分かなという気持ちはあった。必要とされるところで頑張る」。岡本本人は意外にサバサバとした表情。 一方、19日夜に自主トレ先のグアムから帰国して岡本の移籍を知った井端、中田らは驚きを隠せなかった。井端は「ビックリです」と言っただけ。中田は「何と言っていいか分からない」と絶句した。岡本の抜けた中継ぎの座を狙う浅尾は「岡本さんから学んだことは多い。よそへ行ってもドラゴンズの大先輩です」と“師匠”の移籍に動揺を隠しきれなかった。「協約ですから。28人は難しいし、苦しい。こちらも(和田を)頂いたから。現場の判断です」伊藤球団代表が説明した。(2008年1月23日 | Sponichi Annex) 「すごく悩んだよ」(2008年1月20日/日刊スポーツ)西武からFAで中日に移籍した和田一浩外野手(35)の補償選手として、西武は中日の岡本真也投手(33)を獲得した。19日に両球団から発表された。チームを日本一に導いた勝利の方程式を担ってきた主力セットアッパーを28人のプロテクト選手から外した中日落合博満監督(54)は「すごく悩んだ」と苦渋の決断の裏側を告白した。 この日午後7時、球団から岡本が西武に人的補償選手として指名されたことが発表された。チームを支えた主力セットアッパーを28人から外した指揮官はそれを受けて静かに語った。「すごく悩んだよ。だれも出したくない。岡本だって出したくない。でも28人しかプロテクトできないんだ。ピッチャーを20人選べるわけじゃない。野手だって出せない選手はいる。その中で先発投手は出せない。抑えも出せない。若いチームだけに将来のことも考えた」。実績だけではなく、ポジションのバランス、年齢なども考慮したという。岡本がセットアッパーの地位を確立したのは落合監督が就任した04年からだった。「本当によく投げてくれた。これで野球が終わるわけじゃない。西武で頑張って欲しい」と話した。 「すごく悩んだよ」という述懐には、野口の補償で小田を穫り、こりゃ大もうけ、小田以外に欲しい選手はいなかった、小田をプロテクトしないなんて巨人はバカじゃないの、とはしゃいだ2年前への自戒がにじんだり、してるのだろうか。 | ▲page top |
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ドアラ何故か大人気。・ドアラが本出します!! 「ドアラのひみつ」2月下旬発売だよ(2007年12月21日) 深くも浅くも楽しめます /2008/3/3 By アマゾン太郎 不思議な本、不思議なドアラ。でも素敵。 / 2008/2/26 By みっちゃん☆ 中日ドラゴンズのマスコット“ドアラ”の魅力に迫ってみた53年ぶりに日本一を達成した中日ドラゴンズのマスコットキャラ“ドアラ”が注目を集めている。先月、著書『ドアラのひみつ—かくさしゃかいにまけないよ』(PHP研究所)のネット予約が開始されると、たちまちamazonの総合書籍ランキング1位を獲得。異常とも思える人気ぶりだ。94年に登場したドアラだが、当初から人気があったわけではなかった。97年にナゴヤドームが完成して本拠地が移転すると、新マスコットとしてシャオロン(ドラゴンズだけに恐竜キャラという正統派)が登場。一時は、その存在理由すら危ぶまれた。しかし、プロ野球に交流戦が導入されるようになると、風向きが変わってきたという。中日ドラゴンズ広報担当の石黒哲男さんに、ドアラ人気のきっかけを聞いてみた。 「交流戦が始まって、パ・リーグのファンの皆さんにも中日ドラゴンズを知ってもらうために、他球団の球場にもマスコットを連れて行ってPRすることになったんです。ところが、シャオロンはサイズ的に慣れない他球場での動きは難しく、機動力の高いドアラを連れて行ったら、話題をさらってしまった。挙動不審な動きと言われるのは実感がありませんでした(苦笑)」ほかのマスコットが楽しそうに踊っているのに、その場の雰囲気をいっさい無視して棒立ちしてみたり、変なおじさんの真似をしたり、ミットを頭にのせてみたり、とドアラの行動は明らかに奇妙だった。しかし、逆に「きもカワイイ」と他球団のファンをも魅了したのだ。 「ドアラに『責任は私がとるから自由にやっていい』と伝えたら、本当に自由すぎるパフォーマンスを始めてしまって。最近は道場破り感覚で、他球団のマスコットとじゃれあうのが楽しいみたいです」(3月09日 13時00分/R25編集部) ▼以下は「ドラワル」のレポートらしい。ドアラとは関係ないけど森野のインタビュー。
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落合監督、来季“三冠”目指す 竜OB総会で約束「1年間のご支援に感謝いたします。本当は、このひと言でやめようかと思って家を出たのですが…」「4年前を思い出しました。選手たちに“今の戦力で優勝するから”から始まって、丸4年間やってきました。最初のころは“ホラ吹きやがって”というのが世の中の流れ。それが1年目から優勝して、勝たなきゃいけない、勝って当然、とOBの目が変わってきた。そこからが試練の始まりでした」「今年は4年目にして初めて力がついてきたと感じた。私は何もしていません。(圧力に)耐えられるだけの選手たちが、苦労を重ねてのチャンピオンフラッグです」「われわれが来年しなければいけないことは、もう一回リーグ優勝のフラッグを名古屋に持ち帰ること。そして、来年も(日本一、アジア一の称号を)持ち帰れるよう、ご声援お願いします」 | ▲page top |
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落合監督「勝負は12、1月」連続日本一へ檄!!!(2007年11月27日)
中日の球団納会が26日、名古屋市内のホテルで約200人が出席して開催された。53年ぶりの日本一を勝ち取った球団は、名古屋市、愛知県、愛知県議会から、それぞれ「特別功労賞」を受賞。代表して表彰状を受け取った落合博満監督(53)は、12、1月のポストシーズンこそを『勝負』と位置づけた。 壇上に向かって左側には「日本一」、右側には二軍の「ウ・リーグ」、「日本一」。3種類のフラッグが誇らしげに張られていた。そのど真ん中で、アジア一の名将が演説する。およそ5分。核心はねぎらいよりも檄にある。 「ドラゴンズ70年の中で、みんなは歴史をつくった。新たな1ページを開いた。それを失わないよう(ペナントを)来年も後ろに飾るんだ。そのためにはこの2カ月に何をすべきか、おのずと答えは出てきます。一番、力の差が出てくるのがこれからの2カ月。オフの過ごし方1つで、みんなのポジションが変わる。この2カ月が来年のペナントレースを左右すると思っています」「山の頂上に立ったんです。登る大変さと下りてこない大変さは、2倍、3倍違うんです」「選手は休んでいるヒマはないです」「練習するのも練習。体を休めるのも練習。休むのも野球をするために休むんです。その意識を持ってくれれば…。頂上にいるには倍以上の力が必要なんです」「あしたから2008年が始まります。きょうまでは喜びに浸ってください。私も浸ります。そして、あしたからまた頑張りましょう!」 | ▲page top |
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・ノリ、セでもGグラブ 日本一・守竜!! 2年連続5人選出(2007年11月9日) ・落合監督無言のゲキ 竜秋季練習打ち上げ(2007年11月24日) ・ドラ投手陣結婚ラッシュ 中里、吉見両投手も12月に(2007年11月26日) ・井上「選手会長勇退します」 ファンに尽くした2年(2007年11月28日) ・岩瀬、独占手記 韓国戦8回続投「不安だった」(2007年12月5日) ・家族のみなさんに感謝 アロハ〜!竜トロピカルV旅行(2007年12月15日) ・山本昌、200勝達成誓う 島野氏の通夜に500人参列(2007年12月18日) | ▲page top |
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ドラ投手陣結婚ラッシュ 中里、吉見両投手も12月にドラゴンズのエース候補生2人が結婚する。中日は25日、中里篤史(25)、吉見一起(23)両投手がともに12月に結婚することを発表した。佐藤充投手に続き、今オフのドラゴンズ投手陣のゴールインはこれで3人目。
吉見のお相手は田中博さん=公務員=の二女・聡子さん(24)=元保育士。12月16日に婚姻届を出し、挙式する。聡子さんは吉見と同じ大阪府吹田市の片山中学校出身。吉見がトヨタ自動車に入社したころに知人を通じて知り合った。吉見は「これを機に来シーズンからは1軍で結果を出せるように頑張りたい」と、決意も新た。現在はドミニカ共和国のウインターリーグに参加中。「勝ちはついていないけど、ドミニカでの開幕時より良くなっている。今チャレンジしている新しいことが実戦で使えるメドが立ってきた」。武者修行からは12月初旬に帰国する予定だ。 | ▲page top |
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落合竜、激動5年目スタート 公約「3冠」へ3つの影(2008年1月1日)現役時代とは違った形の“3冠宣言”。有言実行を自らに課し続けてきた落合監督らしい年頭の言葉だった。もちろん平らな道ではない。公約実現への黒い影は、3つある。(1)福留の穴(2)空前の大補強をした巨人(3)北京五輪だ。「ライトはビョン(李炳圭)でいく。レフトは和田だよ。FAで獲得してポジション争いするなんてことはないだろう。(2007年も福留は)7月からいなかっただろ? 夏からいないのは、いないのと同じだよ」左翼は和田、右翼は李炳圭。クリーンアップはウッズを和田、森野ではさんでトリオを形成。 グライシンガー、クルーン、ラミレスと史上空前の補強で連覇を狙う巨人。そこには自慢のスコアラー陣の中でも最も信頼をおいている筒井スコアラーを配置転換した。 巨人よりもむしろ、立ちはだかる壁の高さは北京五輪になる。勝負の8月戦線で北京五輪に多くの選手を出さなければならない。昨年12月のアジア予選でいえば、川上、岩瀬、荒木、井端、森野、和田、李炳圭(韓国はまだ代表権を得ていない)の7人が参加していた。エース、クローザーとレギュラー野手5人。「それは(全面協力を決めた時点で)分かっていたこと。そのために準備する時間があったんだから。みんながするような心配はしていないよ。負ける戦いはしません」何と昨春のキャンプの時点で1年半後の北京を想定。ベテランを放任してまで若手育成にこだわったのはそこに理由がある。ただ、シーズンでそのツケがきたとの反省から、今春は主力にも厳しい目を注ぐ。調整を確認しつつ、平田、浅尾ら新戦力の台頭をうながす方式だ。 | ▲page top |
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落合監督「オレがやりたい野球やる」 今季にかける思い激白
(ウッズ正式契約の一報を聞いて)「やれやれだな。これで四番は決まったということだ。三番? それは白紙」(和田?)「三か五を打つことになると思うけど、順番はわからん。これで一番(荒木)が契約した。二番(井端)もするだろ。選手が球団と契約して、はじめてオレの支配下に入るんだ」 「今年はオレのやりたいような野球をやる」(今までは?)「今まではやってないかって? そう思う。最初の3年間はオレを呼んでくれた白井オーナーのために野球をした。次(昨年)は選手のためにやった。今年はオレのために野球をやろうと思っているんだ。オレがやりたいと思っている野球をね」「フリーエージェントの選手が今年も出てくる。(球団の赤字という)負の財産もある。そんな状況で戦略、戦術が求められる。能天気にいくか、それともそういう面にたけた人間なのか。本当の戦いを世間に問わなければいけないんだ」 (巨人は空前の大補強、阪神も手強い)「オレのシナリオからいけば勝てる。どこがどれだけの戦力で来ても勝てるんだ」(北京五輪期間はどうする? 勝負の8月に最多で7人が抜ける可能性も)「オレはね、五輪が楽しみで楽しみで仕方ない。ワクワクするんだ。あいつらが抜けたら、この選手で戦おう、こいつを使ってみようってな。そりゃ1年間抜けられたら無理だよ。でも、あの期間なら戦える。腕の見せどころ? そうだよ」 ドラ番記者の落合記念館訪問記2008年1月7日 紙面から:松も取れぬうちから、和歌山県太地町「落合記念館」に行ってきた。正式な約束は取りつけておらず、ちょっぴり遠慮がちに向かったのだが…。3キロ手前にある看板には「在館」の文字。門をくぐると確かにいた。記念撮影、サイン何でもOK。2階には喫茶店があり、時間さえあえば一緒に太平洋を眺めながらコーヒーブレークだってできちゃうのだ。 新たな見学客が到着すると階下からアルバイトくんが上がってきて「館長、サインお願いします」と呼ぶ。落合館長は「あいよ!」と降りていく。落合ファンなら入館料2000円も安いはず。もっとも、次の在館は1年後ですが…。(渋谷真) | ▲page top |
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「巨人補強、いいじゃねえか」(2008年1月6日/日刊スポーツ)中日落合博満監督(54)が5日、打倒・巨人に自信を見せた。この日、年末年始を過ごした和歌山県太地町の「落合博満記念館」から名古屋へ戻った。横浜からクルーン、ヤクルトからグライシンガー、ラミレスと大物を続々と獲得した巨人に対し、主だった補強は西武からFA移籍の和田一浩外野手(35)のみだが、優勝できると断言。「巨人が補強したっていいじゃねえか。去年うちに勝てなかったからしたんだろう。うちはしなくていいと思ったからしなかったんだ。大丈夫だよ」 果たして本当に大丈夫なのか? 思えば監督に就任した04年、現有戦力の10%底上げを合言葉に、前年から補強することなく、リーグ優勝。大型補強がすべてではないことを自らの手腕で実証した。それだけに「巨人の選手だって(大型補強に対して)『なんでだろう』と思っている選手はいるはずだよ。まあいつものことだけどな」。セ・リーグ、日本シリーズの完全優勝を狙う今季もライバル関係が続くのは間違いない。かつてない巨大な戦力が相手でも勝算はある。(鈴木忠平) | ▲page top |
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「苦手なのはグリーンピースです」「カワイ〜ッ!」浅尾のトークショーには約400人が集まった。最前列キープのため早朝5時から並んだという人も現れ、アーケードの商店街の道幅いっぱいに人があふれた。ほとんどが女性ファンで熱気ムンムン。「苦手な食べもの」という問いに浅尾が「グリーンピースです」と、答えただけで「かわいい〜!」と大合唱。イケメン投手は困惑気味だった。 | ▲page top |
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・英智の新背番号 「24」は最強(2008年1月4日) ・柳田おまたせ婚 下積み時代支えてくれた江利さんと(2008年1月16日) ・新外国人獲得へ乗り出し ドミニカ共和国出身、マキシム・ネルソン(2008年1月11日) ・落合監督「ケガないキャンプ」 深夜に沖縄入り(2008年1月31日) | ▲page top |
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キャンプイン。和田ビックリ 初のオレ流ミーティング「ズバッと言うんだな、と思いました」。初めて聞く落合監督のあいさつには、生々しい生存競争が具体的に示された。「こういうところでは結構、濁して話したりするけど、こういう感じでやる、とズバッと…」プロとして迎える12度目のキャンプ。西武で聞いてきた所信表明は「ズバッと」ではなく「濁して」の話だったという。「今までが、そういう感じだったので」。 ・北谷名物消えた!? 落合監督、ノック封印(2008年2月2日) 日本ハム中田翔「力のなさ知ったっす」注目のルーキー、中田(大阪・大阪桐蔭高)が現役投手と“初対戦”し、悪戦苦闘した。1軍経験のない2年目、糸数を相手にフリー打撃。すべて直球だったにもかかわらず全11スイング中で柵越え1本、ファウル5本となかなか打球を前に飛ばせなかった。「初めて自分の力のなさを知った。球に伸びがあり、本気で投げたらどれだけなのかと、怖くなった」と神妙だった。この日は志願して特守に加わるなど、連日の取材攻勢にも「今は慣れることが大事」と、懸命な姿が印象的だった。4日は練習休み。(共同通信社 2008年2月3日 18:47) 西川明23歳に、オレ流打撃フォーム矯正ヘルメット。
「あれだけの大打者がそう言うんだから間違いない」。監督の発案で、耳当てを厚紙とガムテープで継ぎ足した右打者用のヘルメットを2月5日から装着。顔が後方に傾くと肩に当たって「カクンとなる」。「直らなかったら針を付けるぞ、と言われたし、頑張ります」。 クセを直すために考えたのはスイング軌道の根本的な改良。「ボールを上からたたいてスピンをかけようとしていたけど、下からしゃくり上げるくらいの意識に変えた。結果的にレベルスイングの形になりました」。ほかの選手からは「おい、ヘルメット」と茶化されたが、現実に「内角はきれいにさばけるようになった」。約2週間の矯正期間を経て「スイングを変えたら首も傾かなくなった。ヘルメット? 『カクン』もないし、もう取っても大丈夫だと思いますよ」。 守備では連日の早出特守、個別特守が実り「上達を感じているし、やっていて楽しい」ところまできている。「送球までの形が良くなったと思います。僕は荒木さんみたいなプレーはできない。でも足をしっかり動かして近づけるようにしています」と手応えを口にする。昨年は直前で逃した開幕1軍を目指し、打力向上を目指す。 | ▲page top |
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なぜ李ライト固定? 木俣達彦氏が高代コーチに直撃北谷キャンプ初日、落合監督は「8つのポジションはもう決まっている」と発言した。外野は左から和田、森野、李炳圭。昨年、李炳圭はレフトやセンターでの起用が多かったが、落合監督の構想ではライト。どういう意図があるのか、高代野手総合チーフコーチに聞いてみた。 −李炳圭はライトで起用するようですが 李炳圭が打球に対して第1歩目が早いというのは、私には意外だった。体つきからそんなに早いと感じなかったのかもしれない。今年の李炳圭は昨年に比べて内角のさばきがよく、打撃もいいから、守備にも好影響を及ぼすんじゃないかと思う。(本紙評論家:木俣達彦) | ▲page top |
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デラロサ/藤井/樋口新外国人デラロサの守備練習を見ていた元広島監督の三村敏之氏(現楽天総括本部編成部部長)が感心するように言った。「あの選手、テスト生といわれたからそんな目で見てる。でも5億円で入団した選手といわれたら、間違いなく5億円選手だと納得するグラブさばきしてるよ」 ◆シート打撃で、ある評論家が藤井の打撃を見てうなりはじめた。「しっかり振れるし、スイングもシャープになっている。右翼は李よりこっちの方がいいよ。肩もある。李よりこっちだよ」 ◆本紙評論家の河村保彦さんが興奮していた。「樋口って子はいいねえ。ビックリするような球があるんだ。すごいのを獲ったよ」。本紙評論家・小松辰雄さんも異口同音。ドラのキャンプで指導している杉下茂さんまでが「関東のチームにいたら今ごろ、(マスコミが)大騒ぎしてるよ」。曇り空で肌寒かった。が、選手の熱さは感じた2日間だった。(報道部長・児玉光雄) ちなみに木俣さんは「藤井のスイングはアレじゃぜんぜんダメ」と書いておられた。 荒木:あの守備範囲は驚異的だ。試合前の練習時間。炭火を囲み、報道陣との雑談で、落合監督は最大級の賛辞を送った。「あの守備範囲は驚異的だ。チームだけじゃなく、日本球界で最高のセカンドじゃないか。ショートなら何人かいるだろうけど、セカンドであれだけ動けるのは過去にもいないと思う。はるか昔は知らないけどね」。その荒木、実は今季から守備位置を1メートル後ろに下げた。仮にボテボテのゴロが前に飛んでも、アウトにできる。内野手が下がるということは、自信の表れとみていい。「体の状態がいいし、足が動くからやってみようと思ったんです。(下がってみると、ホームから)遠いです」。前の打球さえ処理できるなら、後ろに守る方が左右のエリアは広がる。だが、内野が土だと敵の二塁手の守備位置付近がどうしても荒れ、それが自分より前だからイレギュラーのリスクが伴う。この日の浜松で今季2度目のフル出場を志願した理由はここにある。「バウンドを合わせられるようにしておきたいんで」。 チェン・ウェインによる、バレンタインデー豆知識台湾ではバレンタインデーのことを「情人節」と言う。ホワイトデーは七夕とかけて7月7日で、やはり情人節と呼ぶ。いずれも渡すのはチョコレート。 今年はウッズ史上最速で打撃練習を開始、体調は最高。(安藤友美)2008年2月16日 紙面から:ウッズの体はシーズン並みに引き締まっていた。「そうだろ? オフは走ったり、筋トレしたり、今年はバッティングまでしてきたからね。体調は最高!」。こう言ってウインクした。14日に中部国際空港で出迎えた時のことだ。今年はウッズ史上最速で打撃練習を開始し、落合キャンプを想定して1時間打撃を行ったとか。 | ▲page top |
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森野将彦、左手首亀骨折、開幕微妙20日、左手首を痛めていた森野将彦外野手(29)は名古屋に戻り、同市内の病院で精密検査を受けた結果、亀裂骨折が判明した。細かい個所、全治期間などは不明ながら、約5週間後に迫った開幕戦の出場は微妙。 森野が左手首に異常を訴えたのは、第2クール初日の8日の練習中だった。翌9日からは別メニュー調整を続けてきたが、19日にはゴロながら捕球を再開していた。が、その一方で「痛み? あります」と、状態が良化していかないことへの焦りもあった。不安を取り除く意味もあって、沖縄キャンプでの練習を休み、名古屋に戻ってまでして受けた精密検査だったが、診断結果はまさかの骨折だった。沖縄キャンプ再合流は断念。今後は名古屋にとどまり、下半身強化などリハビリ中心のメニューで調整することになる。 「(野手の)ポジションは8つ埋まっている」と話していた落合監督の構想も、これにより再検討を迫られる。中堅手には英智、藤井ら守備力に優れた選手と、成長株の平田がいるが、主砲ウッズの前を打つ3番打者」は。いまのところ中村紀、西武からFA移籍の和田が4番・ウッズの前後を打つことになるだろうが、この3人の打者は全員が右打者で、左打ちの森野は貴重。しかも昨シーズンは打率2割9分4厘(530打数156安打)と3割の大台はあと一歩で逃したものの、自己最多の97打点をマーク。18本塁打のうち3ランが8本を数えた“ミスター3ラン”。勝負強い打撃が売り物である森野の早期回復がベストだが、計算が立たないのは事実。過去4年間、主力の離脱を乗り越えてきた落合監督の手腕に注目が集まる。 ・森野、開幕間に合う 高代コーチが見通し説明(2008年2月22日) | ▲page top |
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先発6人目は戦争 今中慎二氏が落合監督の本音に迫る今中「レギュラー8人は決まっているという言葉で始まったキャンプですが、早いものでもう4週間。その間に森野が故障。若い選手にはチャンスです」 今中「若い選手には初日から競争というキャンプでした」 今中「投手陣に目立った怪我人は出ていませんが、先発は6人で?」 今中「ルーキーたちはどう見ています?」 | ▲page top |
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・北京五輪期間中の外国人選手の出場枠拡大が内定。 ・ウッズ、ソフト上野由岐子に完敗、内野ゴロ精いっぱい(2008年2月20日) ・崩れない!もう泳がない 李炳圭、“和”の打撃習得へ(2008年2月27日) ・チェン、飛び出した!! 先発6番手争いゴング(2008年3月2日) ・松平健「燃えドラ」レコーディング 来月4日には始球式も(2008年3月23日) 巨人の坂本勇人19歳というのがオープン戦で4打数4安打したりして、「松井秀喜以来の10代開幕スタメンか」みたいに各紙で話題になっている。堂上直倫のハズレ1位らしい。 | ▲page top |
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いいか、この人は三冠王を3回も獲得したすごい監督なんだ。3月14日 紙面から:ウッズが新外国人デラロサを指導している光景が、最近はすっかり定着している。ベンチやグラウンドではもちろんのこと、食事中も2人で野球の話に熱中しているという。8日の楽天戦で、落合監督は打席に向かおうとするデラロサに助言しようと近づいた。するとまたしてもウッズがしゃしゃり出てきて、デラロサにこう耳打ちした。「いいか、この人は三冠王を3回も獲得したすごい監督なんだ。ちゃんと言うことを聞け」。こうして初ヒットを決めたデラロサを“ウッズ先生”は「あいつは成功する。なぜなら聞く耳を持っているから」と評価している。(安藤友美) ▼ウッズ、自作“ホームラン・カレンダー”目標は50本 3月28日 紙面から:51枚の画用紙とマジックを用意して、完成したのは自作の“ホームラン・カレンダー”。自宅リビングに飾ってある。「フィフティ、フォーティナイン…。最後がゼロさ。1本打つごとにめくっていくんだ。ワイフ? これはボクの目標であって、ワイフの目標じゃない。自分でつくったし、それを見て彼女は何も言わないよ」(日本記録は55本)「いや、50本でいい」「35本(2007年)には納得していないよ。だからオフにしっかりトレーニングをしたんだ」「“ウッズにストライクを!”と言いたいね。(比較的勝負する)ブラウンみたいな監督ばかりなら50本は約束するよ。そうじゃない○○みたいなピッチングをする投手ばかりなら…」。ヤクルトと戦った昨年は、開幕2打席目で早くも敬遠。そこでリズムが狂ったのか、ようやく初安打が出たのは実に18打席目だった。「今年は違うと願いたいよ。積極的にいきたいと思っている」(渋谷真) ▼代打西川「矯正ヘルメット」明、人生初の満塁弾/井上一樹は2年連続開幕二軍スタートが濃厚 3月22日のヤクルト戦八回、2年目の西川 明23歳が「人生初だと思う」満塁本塁打を代打で放った。翌日、井上一樹は二軍降格の通告を受ける。「今年はいつになく体調もよかったし、開幕にこだわってきたんだけど、オープン戦がもうひとつだったから。仕方ない。西川は結果を残したけど、オレは残せなかった」「ガチッとした当たりがいる。それが今のオレに求められている。呼ばれた時に万全でいれるよう準備しておく」 ▼東京ドームベンチ裏に"鉄の壁"、先発隠しの新兵器 3月14日、巨人の本拠地東京ドームベンチ裏通路に、高さ2メートル20cmの扉が出現。先発投手隠しの“秘密兵器”で、ブルペンへの投手の出入りを見えないようにする作戦だ。清武球団代表は「戦略上の問題もある。コーチからの要望もあった」と説明。今季はオープン戦前から全投手に対して「登板日を漏らすな」との通達も出されている。これも昨年クライマックスシリーズでの中日の「奇襲」先発小笠原ショックの後遺症か。 ▼巨人、6年ぶり日本一奪回へ情報管理も徹底する! 本当に“鉄のカーテン”ができていた。4月1日は東京ドームで今季初の公式戦。巨人OBの元木大介さんが本紙の巨人担当・井上記者に連れられ一塁側ベンチ裏へ出向くと、ブルペンとロッカールームの間の通路が灰色の壁で遮断されていた。「うわっ、何だこれ! 飛行機みたい」。元木さんもその物々しさに声を張り上げた。昨季まで関係者なら誰もが通行できたのだが、クライマックスシリーズ初戦に大方の予想の『山井』ではなく『小笠原』が先発してから壁ができたとか。情報管理が徹底している中日に習い、投手の動きがわからないようにした。あの試合で巨人ベンチを大慌てさせただけでなく、壁まで作らせてしまうなんて。(安藤友美) ▼堀尾アナ、3月末でNHKを退職しフリーに。 堀尾正明アナウンサーが3月末でNHKを退職。本人は「いったん白紙の状態となって今後の仕事を考えたい。何かスポーツにかかわる仕事をしたいという気持ちを持っているが、演劇への興味もある」などとコメント。4月以降の予定は決まっていないという。堀尾アナは1981年にNHK入局。「ニュース10」キャスターや「難問解決!ご近所の底力」の司会のほか、04年には紅白歌合戦の総合司会も務めた。サンデースポーツで落合博満との血も凍るような掛け合いを二度と見なくて済むのか。2006年の日シリ惨敗はコイツのせいじゃないかと密かに思ってたので個人的にはひじょーにうれしい。 | ▲page top |
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久本、4月中に1軍復帰も。浅尾はメド立たず。▼久本祐一29歳:今春は先発候補と期待されながら、オープン戦直前に左腕前腕部に痛みが出た。24日、ナゴヤ球場の屋内練習場で行われた2軍練習でブルペン入りし、軽めの立ち投げ。「まだ本格的な投球練習も始めていないし、今後は投げ込みもやっていきたい。まだ時間がかかると思う」、復帰のメドは「4月の終わりか5月初め」と語った。 ▼浅尾拓也24歳:昨夏に痛めた右肩痛の回復が予想以上に遅れた。2月のキャンプでは投球練習を再開し、実戦登板も行っていたが、今月初旬になっても右肩に違和感が残ったため再びペースダウン。今は強めのキャッチボール程度で、投球練習は行っていない。「遠投をやって、それでも肩に違和感が出なければ投球練習を再開したいと思っています。復帰のメドはまだ立てられない」。 ▼ラファエル・クルス31歳:3月10日のソフトバンク戦(岐阜)で右ひじ痛を訴えて降板し、精密検査の結果「右ひじ靱帯損傷」と判明。実戦復帰までは最低でも2カ月を要する見込み。12日、ナゴヤ球場でリハビリを開始。当面は投球ができないため「早く治したい」と言葉少なだった。 ▼山井大介30歳:3月14日屋内練習場ブルペンで投球を再開した。捕手を座らせて50球。チームの方針で情報は一切公表されておらず、この日も故障個所について「それは言えません」と発言したが、下半身の張りを訴えたのは2日の日本ハム戦。3日以降は大事を取って調整を続け、7日にキャッチボール再開、13日にブルペンで立ち投げ、この日12日ぶりに本格的な投球練習再開。「開幕? 間に合わせたいという思いはあるけど、無理をしてでも、とは思わないですね」 ▼赤坂和幸19歳ドラ1:情報を一切公表しないチーム方針を尊重してか、トーチュウはなかなかちゃんと教えてくれないが、3月25日付紙面に「キャンプ序盤に右肩違和感<を訴えて出遅れ」、25日、二軍のフリー打撃に登板する予定、と書いてある。「プロの打者に対して初めて投げるので、すごく楽しみです」 ▼長峰昌司24歳:長峰もキャンプ序盤に肩を痛めたらしい。石黒広報のブログに、「キャンプ途中ケガの為、先に名古屋に帰っていた森野選手、長峰投手の近況をお知らせいたします」という 3月6日付の記事 がある。ノルマ以上の走り込みをこなし、肩も回るし、痛みも無い。「チョット怖い感じはありますけど、そろそろ立ち投げでもと思ってます」。4月になってからのトーチュウ情報では、右肩脱臼だったそうだ。 ▼蔵本英智32歳:[2008年3月15日 紙面より] 昨年9月に右太もも肉離れで離脱した巨人戦を最後に実戦を離れ、今週前半の遠征にも帯同せずナゴヤ球場で残留調整してきたが、14日神宮外苑での練習に合流した。大事に温存してきたキーマンが、ようやく実戦配備されそうだ。これまでは極端にセーブされていた。オープン戦は8、9日の楽天戦で1イニングずつ中堅を守っただけ。本人は打つ気満々だが打席はなかった。体調面はナゴヤ球場での残留練習でも「大丈夫」と話し、練習メニューもほかの選手と同じようにこなしているが、首脳陣は不安視している様子で、落合監督からも慎重指令が出ているという。「試合に出られるかどうかは分かりません。こうして合流はさせてもらいましたが、ボクは守ること、走ることが大事な選手なので」と控えめに話した。 【英智の肉離れ】昨年9月26日の巨人戦(東京ドーム)。勝てば首位再奪回という試合に英智は「7番・右翼」で先発出場。1回にいきなり4点を先取した後、2死走者なしで回ってきた打席で左中間二塁打を放った。が、走塁中に右太ももを痛め(肉離れ)、そのまま交代。試合も逆転負けし、以後首位に立つことはなかった。落合監督をして「あれが一番痛かった」と言わしめた故障で、英智のシーズンは終わった。 ▼森野将彦30歳:2月8日に左手第三中手骨を骨折し開幕が絶望視されていたが、3月13日フリー打撃再開、19日二軍で実戦復帰、21日には広島とのオープン戦で一軍復帰。7番中堅で先発出場し、第3打席で右前同点適時打。守備も中堅から三塁、一塁とこなした。「(初戦で3ポジションは)自分でもびっくりしましたよ。疲れました」「もう左手は全く問題ない。大丈夫です」。「自分のスイングができています。違和感がないんです。感覚のズレもない。凡打は凡打になるべくしてなっているし、打っているときは甘い球を、打つべくして打っている。『あれ、これで何で凡打?』というようなズレもないんです」。話しながら時折小首をかしげる。自分でも驚くほど状態がいいのだ。体調面も「以前は体が重い感じがあったのに、体が切れてきた」と、もう何も支障はない。 ▼清水将海33歳:3月23日のウエスタンリーグサーパス戦の守備で指を痛め途中交代。診断の結果、右手親指骨折、全治6週間。翌日、右手親指にギプスをつけてナゴヤ球場に姿を見せた。谷繁に次ぐ第2捕手として開幕1軍を目指していたが、痛いアクシデントとなった。 ▼井端弘和33歳:左アキレス腱痛で22、23日のオープン戦を欠場し、守備練習も控えていたが、25日ナゴヤドームで練習再開。「違和感がある程度だけど、痛みはなくなったからね。もう大丈夫ですよ」開幕まであと3日。昨年は開幕を含め、ほとんどを1番打者としてすごした。2006年は3番スタート。2番打者のイメージが強いが、開幕戦となると2005年以来3年ぶりになる。「2番? まだ(オープン戦で)バントしてないですね。でも普通にやれる自信はあります。どこがといわれるとうまく言えないけど、経験はあるし」 | ▲page top |
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落合監督豪語、五輪で10人抜けても勝てる。25日、名古屋市中区の中日新聞社でドラゴンズの本社激励会が行われた。白井文吾オーナー(80)をはじめ1軍首脳陣、選手が出席。あいさつに立った落合監督(54)は「五輪は10人前後候補に挙がっているが、10人取られても残ったメンバーで十分戦える戦力は整いつつある。2004年が100とすれば、今は150の戦力にまでアップしています」「1シーズン、どうやって乗り切ろうと考えたとき、この2カ月間、キャンプ、オープン戦をやってきて、ある程度メドがついた」。連続日本一が懸かったシーズンへの手応えを口にし、完全優勝を約束した。 ▼サードに立つ苫篠誠治 Wikipediaによると高代延博54歳は「1990年-1998年広島で一軍守備走塁コーチ、1999年〜2001年中日ドラゴンズ一軍守備走塁コーチ、2002年は古巣日本ハム、2003年千葉ロッテマリーンズで一軍ヘッド兼守備走塁コーチ、2004年からは再び中日に復帰」と、サードに立ち続けて18年間。その高代が2008年からは野手総合コーチとしてベンチに控え、三塁コーチには苫篠が立つ。オープン戦序盤は一塁苫篠、三塁川相だったが、3月9日以降、監督の判断で入れ換えた。 ▼ドラゴンズのスコアラーはほんとに真面目ですね。 中日付きの記者は他球団の番記者から「ドラゴンズのスコアラーはほんとに真面目ですね」とよく言われるそうだ。田中スコアラー:「うちのスコアラーたちはみな優秀だよ。そういう教育をしてきたつもりだから」。3月26日から練習前のミーティングが始まり、初日は他球団の新戦力などのレクチャーが行われた模様。トーチュウ情報。 | ▲page top |
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