勝敗グラフ
| 3-4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 激闘日本シリーズ |
November 2011/11/01→11/30
3.11 の地震の影響で、今年は11月まで野球をやっております。
入場者数が35,000人を超えると、自動的にこの色◆で表示します。

ヤクルトが3位巨人を下し、CSファイナルステージの相手となった。すべてナゴドで、すべてナイター。先に4勝すれば勝ち。1勝のアドバンテージがあるので実際は3勝でいい。

-
CS2-1//11/02wed. vsヤクルト1回戦/ナゴヤドーム18:00開始/34,689人/3時間5分

さすが吉見。珍しく森野。

乳酸 000000010 増渕/バーネット/松井光/押本/松岡/林昌勇 - 相川
中日 10100000X 吉見/浅尾/岩瀬 - 谷繁
○吉見1勝0敗0S/●増渕0勝1敗0S/S岩瀬0勝0敗1S
[中]青木/[二]田中/[左]福地/[一]畠山/[三]宮本/[右]バレンティン/[遊]森岡/[捕]相川/[投]増渕
[遊]荒木/[二]井端/[三]森野/[一]ブランコ/[捕]谷繁/[左]和田/[右]平田/[中]大島/[投]吉見

中日が初戦を制した。中日は1回裏、森野の適時二塁打で1点を先制。3回には再び森野がタイムリーを放ち、貴重な追加点を挙げた。投げては、エース・吉見が8回途中を1失点と好投。その後を浅尾、岩瀬とつなぎ、逃げ切った。ヤクルトは内野ゴロ間の1点と打線が振るわず。

-
CS2-2//11/03thu. vsヤクルト2回戦/ナゴヤドーム18:00開始/ ◆38,414人/2時間54分

さすが12球団最低打率を誇る中日打線。

乳酸 000000012 石川/館山 - 相川
中日 000000001 チェン/高橋/河原 - 谷繁
○石川1勝0敗0S/●チェン0勝1敗0S/S館山0勝0敗1S
[ヤク]飯原8回1号ソロ / [中日]森野9回1号ソロ
[遊]山田/[左]上田/[三]宮本/[中]青木/[右]バレンティン/[一]ホワイトセル/[捕]相川/[二]田中/[投]石川
[遊]荒木/[二]井端/[三]森野/[一]ブランコ/[捕]谷繁/[左]和田/[右]平田/[中]大島/[投]チェン

ヤクルトが接戦を制した。両軍無得点で迎えた8回表、ヤクルトは代打・飯原のソロで均衡を破ると、続く9回には、畠山の2点タイムリーで貴重な追加点を挙げた。投げては中3日で先発したエース・石川が、7回をわずか1安打無失点に抑え、その後を館山につないで逃げ切った。

-
CS2-3//11/04fri. vsヤクルト3回戦/ナゴヤドーム18:00開始/ ◆37,599人/3時間50分

主力の怪我続出でまさかのチャンスを掴んだ森岡。活躍しやがる。

乳酸 010010000 村中/バーネット/渡辺/押本/松岡/林昌勇 - 相川
中日 000100000 山井/鈴木/平井/浅尾/岩瀬 - 谷繁
○バーネット1勝0敗0S/●山井0勝1敗0S/S林昌勇0勝0敗1S
[遊]山田/[左]上田/[中]青木/[一]畠山/[右]バレンティン/[三]宮本/[捕]相川/[二]森岡/[投]村中
[遊]荒木/[二]井端/[三]森野/[一]ブランコ/[捕]谷繁/[左]和田/[右]平田/[中]大島/[投]山井

ヤクルトが連勝した。ヤクルトは2回表、2死一二塁から森岡のタイムリーで1点を先制。追いつかれた直後の5回には、青木のタイムリーで勝ち越した。投げては、先発・村中が4回途中で降板するも、後を受けた救援陣が追加点を許さなかった。敗れた中日は12残塁と拙攻が目立った。アドバンテージ込みで、これで2勝2敗の五分。

-
CS2-4//11/05sat. vsヤクルト4回戦/ナゴヤドーム18:00開始/ ◆38,342人/3時間8分

まさかと言うかさすがと言うか平田走者一掃タイムリー。川井好投。

乳酸 001000000 赤川/山本哲/松岡/松井光 - 相川
中日 40001000X 川井/高橋/鈴木/浅尾/岩瀬 - 谷繁
○川井1勝0敗0S/●赤川0勝1敗0S
[中日]ブランコ5回1号ソロ
[遊]山田/[左]上田/[中]青木/[一]畠山/[右]バレンティン/[三]宮本/[捕]相川/[二]森岡/[投]赤川
[遊]荒木/[二]井端/[三]森野/[一]ブランコ/[左]和田/[捕]谷繁/[右]平田/[中]大島/[投]川井

中日は初回にブランコのタイムリーで1点を先制し、なおも2死満塁。ここで平田が、フルカウントからヤクルト先発・赤川の138キロの速球を弾き返した。打球は右中間を深々と破り、走者一掃の二塁打。ここ2試合、湿っていた竜打線を生き返らせる一打だった。「追い込まれるまで全然タイミングが合っていなくて、“やばい"と思った。空振り三振してもいいから、真っすぐを思い切り振ろうと思った」と笑顔の平田。

これまでCSファイナル・シリーズ3試合で無安打だった平井は、「打率は0割0分0厘だったんですけど、こでは“無"ではなく“未知数"という気持ちで、いい方向で考えて打席に向かった」と言う。

先発を外される不安もあったという平田。だが、荒木には「負けたら俺らのせいでいいんだよ」と励まされた。「ああいう先輩になりたい」。その前向きな姿勢が功を奏し3回にも中前打、この日は2打数2安打3打点、2四球で、打率も2割5分にアップした。

さあ、これで中日は日本シリーズ進出に王手を掛けた。「ここから波に乗って、あと1勝。チームの勝利に貢献できるように頑張りたい。勝って福岡に行きたい!」と平田。05年のドラフトで、平田は落合監督の「ちょっと直せば十分行ける」というひと言で1巡目指名しされた。第3戦までは結果が出なくても、平田の打順を変えなかった。その“恩人"落合監督を完全優勝に導くためにも…、思いは日本一へまっしぐらだ。

-
CS2-3//11/05sat. ソフトバンクvs西武3回戦/ヤフードーム13:00開始/ ◆37,025人/4時間1分

パはソフトバンク。

西武 000000000 100  涌井/石井一/牧田 - 銀仁朗
福岡 000000000 101X 杉内/金沢/森福/馬原 - 山崎/細川
○馬原1勝0敗1S/●牧田0勝1敗0S
[二]本多/[左]内川/[指]カブレラ/[三]松田/[一]小久保/[右]多村/[中]長谷川/[捕]山崎
[左]栗山/[二]阿部/[遊]中島/[三]中村/[指]フェルナンデス/[一]浅村/[右]佐藤/[捕]銀仁朗/[中]熊代

ソフトバンクが8年ぶりの日本シリーズ出場を決めた。試合はソフトバンク・杉内、西武・涌井の投手戦により0-0で延長戦へ突入。10回表、西武が均衡を破るも、ソフトバンクはその裏、長谷川のタイムリーで追いついた。迎えた12回、再び長谷川がタイムリーを放ち試合を決めた。

ソフトB呪縛解けた!劇的8年ぶり日本シリーズ進出

[スポニチアネックス] ソフトバンクは5日、西武を相手に延長12回、長谷川勇也外野手(26)のサヨナラ打で劇的な勝利を収めた。3連勝で、アドバンテージの1勝を加えて4勝とし、一気にCSを突破して、ソフトバンクとしては初、チーム8年ぶりの日本シリーズ進出決定。ここ7年間で6度はプレーオフ、CSの厚い壁にはね返されてきたが、圧倒的な強さでリーグ連覇した力を見せつけた。ナインの手で8度宙に舞った秋山幸二監督(49)は力強く日本一を誓った。

ヤフードームの天井が涙でにじんだ。みんな泣いていた。小久保主将、川崎選手会長、誰もが目を真っ赤にしていた。屈辱を味わい続けたCS。一気の3連勝でつかんだ8年ぶり日本シリーズ進出。ナインは秋山監督を8度胴上げして祝った。

「いやもうホッとしています。リーグ優勝しましたけど、ここ何年かクライマックスは勝てなかったので。そういう思いが選手にもファンにもあったと思います」

秋山監督は喜びというより、安どの表情を浮かべていた。逆境に追い込まれたナインの底力こそが、今季のチームの強さを象徴していた。引き分けでもCS突破が決まる一戦。敗戦濃厚だった0—1の10回2死から8番・長谷川の右中間二塁打で追い付いた。そして12回。表の西武の攻撃を抑えた時点でCS突破は決まった。だが、終わらない。無死一二塁から長谷川が4安打目となるサヨナラ中前打。勝って決めた。それがポストシーズン「負の歴史」を乗り越えた瞬間だった。

チームは今オフに内川、カブレラらを大型補強。09年に打率3割をマークした長谷川は昨年CSで無安打。敗退翌日には秋季教育リーグに参加した。首脳陣から「もうレギュラーじゃない」と突き放され、今季も開幕を2軍で迎えた。その中で激しい競争をはい上がり、中堅の定位置を再び獲得。長谷川は「(12回表で)優勝は分かっていたけど、最後は勝って終わりたかった」と興奮を隠せなかった。

昨年はロッテとのファイナルSに3勝4敗で敗れた。レギュラーシーズン最終戦からCS初戦まで中17日のブランクを埋められなかった。今季は主力も含めて宮崎のフェニックスリーグに参加。その教育リーグで首脳陣はレギュラーを一度白紙に戻した。定位置を競わせて緊張感を保たせることで実戦勘、勝負勘をキープさせた。昨年CS敗退後にはベンチで号泣した川崎は「守っていても、昨年からのことを思い出して…」と悲願のCS突破に声を震わせた。過去の屈辱を糧に準備を整え、最善を尽くして勝利の美酒に行き着いた。

ソフトバンクとなってから初の日本シリーズ。本当の挑戦はこれからだ。勝利監督インタビュー前、秋山監督は関係者に「これで終わりじゃねえからさ。手短に頼むよ」と言った。日本シリーズの相手はどちらでも構わない。「最後まで突っ走り日本一を獲る」。指揮官のその熱い宣言通り、秋山ホークスの野球を貫いて、12球団の頂点に立つまで前へと突き進む。

◆◆

プレーオフ、CSで全勝でシリーズ進出は74年ロッテ、79、80年近鉄、06年日本ハム、07年中日に次いで6度目。ただし、過去の5度はいずれも3試合先勝制。08年からの4戦先勝制のCSで、4勝0敗で突破したのはソフトバンクが初。と書いてある。「アドバンテージ込みで4勝0敗」と書いてくれないと、いまいち意味がわからないんだが。

川崎が、小久保が、本多が泣いた「自然と涙がこぼれていた」

「2004年から、負けてベンチで涙を流したことの方が多かった。守っている時からいろいろ思い出して……。本当に感動しました」球界一の元気者、川崎宗則の目が潤んでいた。「気づいた時には、自然と涙がこぼれていた」。その顔は、鼻の先まで真っ赤だった。

ついに、ついに……、福岡ソフトバンクホークスがクライマックスの呪縛を解いた。04年にプレーオフの名称でこの制度が導入されて以来、7度目の挑戦で初めてのクライマックスシリーズ(CS)突破「ダ」!

川崎だけじゃない。小久保裕紀も、本多雄一も、みんな泣いていた。10月1日のリーグ連覇達成の時とは明らかに違う雰囲気。ヤフードームの満員のスタンドではファンも涙した。テレビの前で声援を送った人も同じ。2011年11月5日は、ホークスとつながるすべての人にとっての悲願が達成された、忘れられない一日となった。写真は悲願の日本シリーズ進出を決め、涙を浮かべる川崎(左)。内川はCSファイナルステージのMVPに選ばれた。

「松中、引退」の罵声…復活した男が放った満塁弾

「クライマックス(の歴史)は自分から始まったようなもの。その屈辱は自分で晴らしたいと思っていた」2戦目の8回裏、CS優勝の瞬間と変わらないくらいの大歓声にヤフードームが揺れた。2死満塁、代打・松中信彦の放った満塁ホームランにもファンは感激の涙を流した。

福岡ソフトバンクCS敗退の歴史は、打てない歴史でもあり、松中はその象徴だった。初年度の04年はシーズンで史上7人目の三冠王を獲得。当然打線のキーマンに挙げられたが、まさかの19打数2安打に終わる。翌05年も4戦目まで無安打でチームの足を引っ張った。CS通算打率は1割台。さらに度重なる故障もあり、近年は成績も下降。数年前にはシーズン後のセレモニーで選手が整列している中、「松中、引退」の罵声がヤフードームに響いた。ベンチ裏に戻った松中は自嘲気味に少し笑って、「俺、嫌われているな」と寂しそうにつぶやいた。

苦しい戦いが続く中で、今季は復調の気配を見せていた。チームが苦しかった夏場に健闘。今季大活躍の内川聖一が怪我で不在の時期に穴を埋めた。しかし、9月14日に死球で右の膝蓋骨、いわゆる膝の皿を骨折。一時はCS出場が絶望視された。現在でも骨は完全にくっついておらず、回復は6割程度。無理をすれば選手生命に関わると医者に言われた。それでも戦列に戻ってきたのは「漢(おとこ)・松中」のプライドだった。

「自分が一番びっくりしたし、興奮もしている。あんなに鳥肌が立ったのは、プロに入ってから初めてかもしれない。自分の空間と、時間を楽しんでベースを一周しました。こういう場面で打つために努力して練習してきた。王(貞治)会長もいつも言われるように、野球の神様はいるんだと思いました。これからも信じてやっていきたい」

5日のCS突破が決まった瞬間、松中は真っ先にベンチを飛び出した。しかし、それは“フライング”。12回表が終了した時点でソフトバンクの引き分け以上が決まったため、確かに“勝負”は決したのだが、通常の野球のルール通り裏の攻撃もあることをすっかり忘れていたのだ。「そりゃあさ、それだけ思いが強かったってことだよ。本当に誰よりも悔しい思いをしてきたからね」試合後、ビールまみれになった松中は最高の表情でそう話した。

日本一へ、立ち止まる暇などない

今年のCSは打線が本当に活発だった。主将の小久保は「1週間のあいだ、フェニックスリーグに参戦したことが大きかった。シーズンの延長のような感覚で、昨年ほど(試合勘の)ギャップを感じずに戦えた」と話す。10月22日にレギュラーシーズンを終えたソフトバンクは、たった1日の休みを挟んだだけで宮崎に飛んだ。昨年までは長いシーズンの疲れを考慮して3日ほどの休息をとっていたが、今季は調整法を大きく変えていたのだ。

ソフトバンクは12日から、8年ぶりの日本シリーズに出場する。ここでも、熱戦を戦い終えたナインに与えられた休日は1日のみ。7日からはヤフードームで全体練習を行う。

「休んでいる暇なんかないんだよ」(秋山幸二監督)指揮官は常に前だけを向いている。「今年のスローガンは『ダ』。日本一をとるんダという強い思いで、キャンプからやってきた」と、リーグ優勝のときも、CS優勝でも同じ言葉を口にした。03年以来、チーム名がソフトバンクとなってからは初めての日本一をつかみ取るまで、福岡ソフトバンクホークスは全力で突っ走っていく。

ホークスって毎年優勝しては毎年プレーオフで負けてるようなイメージだけど、なんでそういうイメージがあるかというとホークスファンがあまりにもプレーオフに対する呪詛をことあるごとに叫ぶからだと思うけど、改めて調べると
2003年:ダイエーがリーグ優勝してシリーズで阪神を下し日本一。
2004年:ダイエーが勝率1位ながらプレーオフで西武に敗れ、シリーズ進出ならず。
2005年:以下ソフトバンク。勝率1位ながらプレーオフでロッテに敗れ、シリーズ進出ならず。
2006年:勝率3位。プレーオフで日ハムに敗れる。
2007年:勝率3位。CSでロッテに敗れる。
2008年:勝率最下位
2009年:勝率3位。CSで楽天に敗れる。
2010年:勝率1位ながらプレーオフでロッテに敗れ、シリーズ進出ならず。
それほどでもないじゃん。優勝(?)してシリーズ行けなかったのは2004年以降3回だけだ。

-
CS2-5//11/06sun. vsヤクルト5回戦/ナゴヤドーム18:00開始/ ◆38,252人/2時間51分

中3日吉見完璧。井端まさかの中段にぶち込む2ランでCS突破。選手が勝手に動いた。オレは見てただけです。選手に任せておけばいいでしょう。

乳酸 000000001 館山/押本/松岡 - 相川
中日 00000200X 吉見/岩瀬/浅尾 - 谷繁
○吉見2勝0敗0S/●館山0勝1敗1S/S浅尾0勝0敗1S
[中日]井端6回1号2ラン
[左]上田/[二]田中/[中]青木/[一]畠山/[右]バレンティン/[三]宮本/[捕]相川/[遊]森岡/[投]館山
[遊]荒木/[二]井端/[三]森野/[一]ブランコ/[左]和田/[捕]谷繁/[右]平田/[中]大島/[投]吉見

中日が接戦を制して、2年連続の日本シリーズ進出を決めた。中日は6回裏、井端の2ランで均衡を破る。投げては先発・吉見が8回3安打無失点の快投。9回も岩瀬、浅尾の継投でヤクルトの反撃をかわし、逃げ切った。敗れたヤクルトは、9回に1点差に迫るも届かなかった。

落合博満監督は「こんなもんだ」と言葉を発したと同時に会見を終わらせようとするも、「さすがにそういうわけにはいかないな」と記者団の笑いを誘った。以下は落合監督のコメント。(6回、ランエンドヒットで井端が本塁打について)「選手が勝手に動いた。オレは見てただけです。選手に任せておけばいいでしょう」
(CSに向けての調整はうまくいったか?)「誰を相手に話してるの? プロ野球選手だぜ。どういう状況に置かれているかは彼らがしっかり分かっている。それを知っていないでプロ野球選手を語っちゃいけない。吉見なんてオレが見た中で最高のピッチングをしたんだ」
(リーグ優勝した福岡ソフトバンクとの日本シリーズについて)2004年からの約束が守れた。王(貞治)さんとの約束があったから。チャンスはあったけど、向こうも勝ち上がれなかったり、こっちも勝てないでいたから」

跳ね返され続けた屈辱を乗り越えてだの王さん万感だの孫社長も涙だの博多の街が燃えただの、 ホークスがCSに負け続けてたせいで、ホークスのCS突破を浪花節で称える記事はWEB上に大量にあるのに、我が軍のCS突破は順当視されてるためか浪花節のポイントが「王さんとの約束」というパターンばかりで寂しいぜ。そんな中、東スポが素晴らしい記事を。

監督がなぜ勝てるのか、俺もわかんねえ。聞きたいぐらいだよ。

[ハミ出し東スポ] <森繁和ヘッドが明かすオレ流采配①>
 劇的なオレ流退任V。就任8年間で4度のリーグ優勝を成し遂げた中日・落合博満監督(57)をずっと支え続けたのが森繁和ヘッドコーチ(56)だ。まさに二人三脚での強いチーム作り。指揮官とともに今季限りで中日のユニホームを脱ぐ名参謀が、将たる落合監督の素顔とエピソード、解任への思いを本紙に手記で寄稿した。

 監督をもう一度胴上げしてやると思っていた。達成できて良かった。8年間でリーグ優勝4回。監督がなぜ勝てるのか、俺もわかんねえ。聞きたいぐらいだよ。ただ俺とは違う。俺と同じ人間ではない。野球そのものに関しては一緒だけど、表に出せるか、出さないかが違う。監督は何があっても態度にも、顔にも、言葉にも出ない。全く動じない。これが俺との違いなんだよな。

 エラーなど、いろんなミスが出ても「ふっ」て言っているだけ。それがわざとそうしているのか、本当なのか。「大したもんやなぁ」「人間できている人はこうなのか」「俺が甘いのか」とか思う。ただ、そうじゃないといろんなことができないんだろうけどな。酒飲んでいろんな話をした時には「そんなことねぇよ。俺もカッカカッカきてるよ」とか言うけども、そう見せない8年間というのは、やはり普通の人間じゃないのかなと思う。

 監督はバッター出身で俺はピッチャー出身だから、投手心理についてはよく聞かれる。それをどうするのか、最終的な判断は監督。でも、こっちがカリカリしながら投手交代をしても、あの人は「いや、こっちで行く」とは絶対に言わない。いまだに一回もないな。「誰で行く?」「これで行きます」「うん」。それだけ。

 監督には意見もしょっちゅうしてきた。俺は思っていることは言う。それに関して監督から何か言われたことない。衝突したことは一回もない。その代わり、逆に呼ばれて「こう思うんだけど、どうだ?」って聞かれることはあったけどな。監督からはピッチャーに関して「全部預けるから、任せるから。俺はピッチャーのこと知らん。任せるからやれ」って言われていた。だからメンバー表を書くまで監督が先発ピッチャーを知らないこともあった。 「今日はこれで行きます」「ほう」って監督は名前を書くだけ。「次の3連戦は誰で行くんだ」とか聞かれたこともない。「全部、お前に任す。俺が知ってても何の役にも立たんのやろ」ってな。オーダーを決める時に「守備はどうする? 固めていくか? ピッチャー今日は誰だ?」って聞かれることはある。「吉見? だったら守り固めようや」って言ってメンバー代えたり…。

 8年間で監督が先発を決めたのは、就任1年目の2004年開幕投手の川崎憲次郎だけ。温泉に2人で入っている時に「シゲ、一つだけいいか。川崎で開幕行きたい」って言ってきたんだ。「えっ! 川崎って誰?」って思ったよ。「これだけは俺が正月から決めていたことなんだ」って言うから「監督が決めるんだからいいですよ」って。まだ中日のユニホームを着る前の話だよ。ポンポンといいピッチングしたんだけどな。うまくいかなかったけど…。

◆◆

 最初に落合監督に声をかけられたのは、まだ俺が横浜のユニホームを着ていた03年。横浜でコーチをやるのは、その年で終わりとわかっていたので「先のことも考えんといかんなぁ」っていう時期だった。その頃、中日は山田さんが辞めて佐々木さんが代行をやっていたから、新しい監督に代わるんだっていうのは聞いていた。新聞には新監督にノムさんだとか、高木さんだとかが出ていたな。俺が中日に行くなんて話は全くなかった。

 そんな時に知らない番号の電話がかかってきた。それが監督だった。「おまえ、手空いたろ」って言うから「空いてます」と答えると「ちょっと手伝え。ただ、まだ決まってないんだよ」って。決まってないのに手貸せって言うんだよ。「また連絡するから」って言うので「わかりました」って返事したよ。

 監督とは社会人の時から世界大会行ったり、俺が横浜のコーチをやっている時に臨時コーチで来たりしたから話はしていた。ただ詳しくは知らなかった。一緒に野球をやったのはアマチュア時代だけだったしな。

 どの監督もいつかは終わるのだろうけども、こういう終わり方も監督らしいんじゃないの。優勝するために強くしてくれ、勝てって監督も言っていたし、オーナーもしょっちゅう言っていた。俺たちの目的はまず優勝するチームを作ること。それで結果が出なかったらそりゃあ、しょうがないわな。でも、今年は結果が出ていないうちに、退任発表となった。監督も悔しいと思うよ。コーチ陣もそう。でも、監督はそれも顔に出さない。大したもんだ。俺らコーチ陣はその時点で「優勝して俺たちも辞めよう。優勝して気持ちよく辞めよう」っていう気になったからね。

 名古屋で8年間お世話になった。ナゴヤドームにも、この球団にも愛着がある。ファンも優しいし、熱い応援をしてくれる。クライマックスシリーズはどうなるかわからない。負けるかもしれない。でも、最大の目標はリーグ優勝、したことのない連覇をすることだった。意地は見せられた。

これほんとに森繁が書いたの? 聞き書きじゃなく? なんちゅー上手な文章なの。こういう記事を記録(というか単なる無断転載だけど)するだけでも、こういうサイトをやってる意義はあるというものだ。

予定外の落合監督の胴上げ!森野「自然に」

[sponichi] 中日はヤクルトに競り勝って日本シリーズ進出を決めると、今季限りで退任する落合監督を胴上げして喜びを分かち合った。選手会長の森野によると、監督の胴上げは予定しておらず「自然にそうなった」という。ファイナルステージは接戦続きで、森野は「休ませてください」と疲れをにじませつつも、ほっとした表情だった。

嫌がって恫喝しまくる森繁を選手がよってたかって無理矢理拘束して胴上げするという胸熱シーンもあったと思うけど、それについての記事は発見できない。しかし、この文字色いいですね。どうして8年もの間、この色に気付かなかったのだろうか。

落合監督 王さんとの約束果たせた

[nikkansports] 去りゆく指揮官に最高の花道が用意された。中日がクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージ第5戦を制した。リーグ優勝による1勝のアドバンテージを含めて4勝2敗とし、2年連続の日本シリーズ進出を決めた。0-0で迎えた6回に落合野球の申し子・井端弘和内野手(36)が決勝2ランを放ち、粘るヤクルトを退けた。今季限りで退任する落合博満監督(57)はパ・リーグ王者ソフトバンクを相手に自身初のリーグ、シリーズの完全制覇をかける。

花道にはまだ続きがあった。勝利の瞬間、落合監督は素直に笑った。スタンドから無数の紙テープが投げ込まれる。「私はもう、ただ見守っているだけでした。選手たちはのびのびとやってくれたと思います」と大歓声に応えた。ラストシーズンは、10ゲーム差を逆転してリーグ連覇。花道にふさわしい最高の舞台まで用意された。目にはうっすらと光るものがあった。

悲願とする完全制覇への第1関門だったが、揺るぎない自信を持っていた。神宮でのCSファーストステージは自宅で見ていた。隣の信子夫人が聞いた。「あんた、どっちが来た方がいいの?」落合監督はこう答えたという。「どっちでもいいよ。どっちが来ても、その相手に合わせたメンバーで戦うだけだから」

9月22日の監督退任発表からチームは突っ走り始めた。それを見て言葉は必要ないと判断した。最善の策を用意しグラウンドに送り出すのみ。自信の源はナインとの間に生まれた「絆」だった。

ただ、土壇場では短期決戦を勝ち抜くための「非情」も見せた。2点リードの9回、守護神岩瀬が青木に適時打を浴び1点差に迫られ、なおも2死一塁。打席に4番畠山を迎えた。ベンチを出た落合監督は岩瀬の背中をそっと抱いて交代を告げた。岩瀬から浅尾。執念を感じさせる異例のリレーで勝ち切った。6回には一塁走者・荒木を走らせ、井端の快打を後押しした。「オレは何もしていないよ。見ていただけだ」。にやりと笑って、うそぶいたが、勝敗の分岐点を見極め、選手を動かした。

待っているのはパ・リーグ王者ソフトバンク。落合監督にとっては8年間待ち望んだ相手だ。「やっとソフトバンクと戦えるな。王さんとの約束だったから」とつぶやいた。就任1年目の04年、リーグ優勝した。パ・リーグの1位は王監督率いるダイエー(当時)。シーズン終了後、最高の打者と尊敬する王監督と「日本シリーズで会いましょう」と約束を交わした。だが、その年から導入されたプレーオフでダイエーは敗れた。昨季も顔を合わせたのは王者ソフトバンクではなく3位ロッテだった。かつてセ・リーグでプレーオフ導入案が持ち上がったときには真っ先に異を唱えた。しかし導入が決まればルールには従う。それが落合流でもある。

中日の監督として最後の日本シリーズは切望していた王者同士の戦いになった。5度目の出場だが、まだ1度もペナントレース、日本シリーズを制覇したことはない。最高の舞台で、最高の相手に勝って、日本一-。ふさわしい花道が用意された。【鈴木忠平】

二死で岩瀬→浅尾を「非情」とか「異例」とか書く人って、中日の試合見るの初めてなの?

これが一番いいと思います。

[スポニチ] いよいよ12日から自身5度目、中日では最後の日本シリーズ。リーグ王者同士の頂上決戦に、落合監督は「これが一番いいと思います」と言いきった。 07年導入のCS制度には当初から反対。皮肉にも同年に2位からCSを突破し、日本一に輝いたが「オレは今でも反対。144試合やってきたことが、たった数試合でひっくり返されたらたまらない」と話し、自分たちを「プレーオフ・チャンピオン」と評した。

それ以来、悲願となったのがリーグV→CS突破→日本一という「完全優勝」。パ王者・ソフトバンクなら相手に不足はない。交流戦では5月31日からの敵地での2連戦で連続完封負け。当時、落合監督は「今の状態で強いチームとやったら、こうなる」と完敗を認めながらも「ウチはまだ戦力が整っていないんだから」と、来るべき日のリベンジを期していた。

敵軍は尊敬する王貞治会長がつくり上げたチーム。現役時代に3冠王を3度獲得したのも「王さんを超えたい」という思いが根底にあった。「ホークスと日本シリーズをするのは04年からの約束。王さんとの約束だったからな」。王会長は監督としても2度の日本一。尊敬する大先輩に肩を並べて最高の花道を飾るため、福岡へ乗り込む。

中日が2年連続の日本シリーズへ! 落合監督「誰一人欠けてもできなかった」

セ・リーグのクライマックスシリーズファイナルステージ第5戦が6日に行われ、中日が東京ヤクルトを2対1で破り、2年連続の10回目の日本シリーズ進出を決めた。中日は6回、1死一塁から井端弘和がレフトスタンドへ2ランをたたき込んで先制した。投げては中3日で登板した先発の吉見一起が8回無失点に抑えると、9回に岩瀬仁紀が1点を失ったが、最後は浅尾拓也が締めた。

以下は落合博満監督のコメント。
「やっと、2004年から、ホークスと日本シリーズをやるというのを思っていましたから、今年達成できるのはうれしいです。(チャンピオン同士の対戦となるが?)これが一番いい形だと思います」
(CSについて)「私はただ見守っているだけで、選手はのびのびとやってくれたと思います。周りは、シーズン中にヤクルトとナゴヤドームでやっている戦いを想像しているでしょうけど、このクライマックスは別物ですから。大変な試合になるだろうと覚悟していました。ゲームセットと言うまでは勝った気がしていなかったですね。 (選手たちはいつも通りだった?)いつもよりテンションが上がっていたと思います。その良い例が今日の吉見でしょ。就任してから、吉見のこんな良いピッチングを見たのは初めてでした」
(野手たちも吉見を支えたが?)「これはみんなの力だと思います。誰一人欠けてもできなかったんでしょうね。素晴らしい選手に恵まれました。ありがとうございます」
(8年間で5回、日本シリーズに導いているが?)「コーチと、選手と、それを支えたスタッフ、みんなの力だと思います。私は大したことをしてません」
(日本シリーズに向けて)。「明日ゆっくり休ませたいと思います。それから考えます」

サイトでは、青と言えば赤みを混ぜた青(ムラサキ系)しか使わなかったんですよ。ずっと。なんでかな。いいですね青ミドリ系。気持ちがいい。

吉見の、こんないいピッチングを見たのは初めて。

[スポニチアネックス] “下克上”を狙うヤクルトの前にリーグ最多勝右腕・吉見が立ちはだかった。ここまで6年間のプロ生活で一度も経験したことのない中3日での先発だったが、7回1/3を1失点と、疲れをまったく感じさせない快投。抜群のコントロールとボールのキレでヤクルト打線に凡打の山を築かせ「初球から勝負球のつもりでいった結果」と笑顔を浮かべた。

4回までは1人の走者も出さないパーフェクトピッチング。5回1死からバレンティンの詰まった当たりが二塁内野安打となり、思わず苦笑いを浮かべたが、慌てることなく、続く宮本を遊ゴロ併殺に。6回には先頭の相川に中前打を許し、2死三塁のピンチを背負ったが、代打・福地を遊撃への小飛球に仕留めた。

8回1死一塁で、落合監督がマウンドへ。「どうだ」と続投を問われ、「いきます」と志願した。相川、森岡をともに沈む球で空振り三振に打ち取ると、普段はマウンドで感情をあらわにしない背番号19が右拳を強く握り締めた。その裏の打席で代打と交代したが、エースにふさわしい堂々たる投球。落合監督も「就任してから(吉見の)こんないいピッチングを見たのは初めて。素晴らしかったです」と絶賛した。

今季限り退団・落合監督、5度目の日本シリーズ

[読売] セ・リーグのクライマックスシリーズファイナルステージ第5戦は6日、中日が六回に井端の2ランで均衡を破ると、ヤクルトを2—1で下し、今季限りで退団する落合監督の就任8年目で5度目の日本シリーズへ駒を進めた。

4年ぶり3度目の日本一をかけて12日からパ・リーグのソフトバンクと戦う。両チームの対戦はソフトバンクの前身ダイエーが1999年に4勝1敗で制して以来。ヤクルトは中2日で登板した館山が一発に泣き、日本一となった2001年以来の日本シリーズ進出はならなかった。

みんなの力だと思う。誰一人欠いてもできなかった。

[sportsnavi] 中日が対戦成績を4勝2敗(アドバンテージの1勝含む)とし、日本シリーズ進出を決めた。六回に井端の2ランで先制。吉見が8回無失点。九回に岩瀬が1点を失ったが、浅尾が締めた。

落合博満監督の優勝インタビュー。「2004年からホークスと日本シリーズをやるとずっと思っていました。今年は何とか対戦できるのでうれしい。(リーグ優勝同士の対戦となり)一番いい形だと思う。(CS突破)私はただ見守っていただけ、選手は伸び伸びやってくれたと思う。周りはシーズン中、ヤクルトとナゴヤドームでやっている戦いと思うかもしれないが、クライマックスは別もの。大変な試合になるとは思っていた。ゲームセットになるまでは勝つとは思っていなかった。(吉見が好投)就任してから吉見のこんないいピッチングを見たのは初めて。みんなの力だと思う。誰一人欠いてもできなかったんじゃないか。(日本シリーズは)あすゆっくり休んで、それから考えます」

コナミ日本シリーズ公式サイト > ニュース

 コナミ日本シリーズ2011開幕を翌日に控え、両チームの練習、監督会見、監督会議が福岡Yahoo! JAPANドームで行われた。

 午後2時からは、練習の合間を縫う形で監督会議が開かれた。ここでは、両監督と井野修審判長が「ビデオ判定」と「危険球」について確認。特にビデオ判定については、監督から抗議があった際はその場できちんと映像確認を行い、すっきりした形でプレーを再開しましょうということで話がまとまった。

 印象深かったのは、秋山、落合両監督が実感のこもった短い言葉を交わしたこと。秋山監督が「やっとですね」と言うと、落合監督も「やっとだな」。お互い、それ以上の言葉は必要ないという表情だった。

 落合監督は就任1年目の04年、当時福岡ダイエー監督の王貞治・現福岡ソフトバンク会長と「シリーズで会いましょう」と約束。打者として尊敬する王監督との対戦を心待ちにしていたが、福岡ダイエーがプレーオフ(当時)で敗れたため実現されなかった。以降、福岡ソフトバンクが6位だった08年を除いて毎年、両チームともAクラスに入りながら、頂上決戦で顔を合わせるには至らず。8年という歳月の重みがあるぶん、「やっと」の声に力がこもったわけだ。 福岡ソフトバンク、中日ともに気力、体調とも万全。さらに、壮大なサイドストーリーも兼ね備えたコナミ日本シリーズ2011。両チームのファンだけでなく、すべての野球ファンの記憶に残る戦いが見られそうだ。(2011/11/11)

王(ソフトバンク会長)と落合(中日監督)「犬猿の歴史」

[日刊ゲンダイ2011年11月11日掲載] 12日から開幕するソフトバンク—中日の日本シリーズ。中日の落合監督はシリーズ進出を決めた直後、「やっとソフトバンクと戦えるな。王さんとの約束だったから」とリーグ優勝を果たしたチーム同士の対決を喜んだ。2004年シーズン、セは中日、パはダイエー(当時)がリーグ優勝した。落合監督は、当時監督だった王会長に「日本シリーズで会いましょう」と話したそうだが、その年からパで導入されたプレーオフでダイエーは敗れた。だから落合監督は「約束が果たせる」と言ったわけだが、王会長からすれば、「どの口が……」じゃないだろうか。
「この2人は犬猿の仲ですよ」
 と言う球界関係者は少なくない。
 コトの始まりは2005年1月だった。落合監督は、王監督が座長を務めた12球団監督会議をプライベートの所用で欠席した。これに王監督は「他の監督への侮辱行為。3度の三冠王がそんなにエライのか!」と激怒したという。そして同年の交流戦。5月14日からのナゴヤドーム3連戦の初戦で落合監督は今度は風邪を理由に試合前のメンバー表交換に出てこなかった。
「これにも王監督は大激怒でした」
 と、当時のソフトバンクを知る関係者がこう続ける。
「あの温厚な王さんが、『落合の顔を見たら殴ってしまう』と声を荒らげていました。14日の初戦、福留(現インディアンス)の三塁打の判定に風邪だったはずの落合監督が猛抗議し、本塁打に覆ったことも怒りを増幅させたようです。15、16の両日は、王監督の方からメンバー表交換を拒否したほどです」
 その後は“場外乱闘”も勃発しそうになった。王監督は、翌2006年のWBC日本代表監督に就任した。
 しかし、落合監督は「シーズンを優先すべき」と、選手の派遣に対して非協力的な姿勢を見せた。最終的に福留、谷繁の2人が代表入りを果たしたが、当初の代表メンバーには谷繁しか入っていなかった。
 以降、公の場では親しげに挨拶を交わしている2人。ただ、王会長に気を使ってか、「落合? 落合の話はいいよ」と口をつぐむ関係者がいることも事実だ。周囲にトラウマを残すほど、王会長の怒りがすさまじかったということだろう。
 今回の日本シリーズ、「王VS.落合」の場外バトルも見モノかも……。

11月11日には、ナベツネは老害クソ野郎だ死んでしまえ、という内容の記者会見を巨人の球団代表清武英利が電撃的に行い球界に激震、という事件も起き、清武よく言った、とか、どうでもいいけど日本シリーズ開幕前日にやることか死ね、とかいろんな反応が起きた。しかし滝鼻とか清武とか桃井とか、ここ数年目にする読売背広組の苗字は妙にカッコいいね。