「ツマる」の科学

unable to get his bat around quickly enough to hit it squarely

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「ツマる」とは何か

ツマるとはどういう意味か、と野球好きに訊くと大抵、「カーンッときれいに打てる時と、ガスッとイヤな感じで手が痛い時とあるでしょ、あれをツマったって言うんだよ。バッティングセンターとかでもあるでしょ」、とか言われる。

うむ、それはわかるんだが、具体的にどういうことなのかな。理由と言うか。どういう時に、なんでそうなるの? 芯を外した、とか?:「うん、それもある」

芯を外したのがツマってるとしたら、ファールや内野フライやゆるい内野ゴロとかは全部ツマってるの?:「うーん、まあ、そうだね」

だけど、川上憲伸がバッティングで激しくツマって手が痛くてしばらく投げられなかった、ってシーンを見たことあるんだけど、すべてのポップフライでああいう現象が起きるわけじゃないじゃん。ってことは、芯を外したかどうかだけでは決まらないんじゃないの?:「まあ、そうかもな」

じゃどういうことなの?:「だからあ、なんて言えばいいのかな・・・」

わからんの?:「イヤわかってるよ。ただ、お前にわかるように説明できないんだよ」

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経験では、まあ100人中100人からこういう反応が返って来る。わかるように説明してくれる人には会ったことがない。じゃあ説明を思いついたら電話をくれ、と頼むんだが、この件で電話をもらったことは一度もない。どうも、誰もわかってないようだ。

2007年、打撃好調な理由を訊かれた楽天山崎武司は「打てた時、何故打てたのか、ダメだった時、何故ダメだったのか、それはいまだに全くわかりません」と答えた。同年、同じ質問をされた中日森野将彦も同じ返答をしている。「全くわからない」。インテリジェンスを感じさせる言葉だ。彼らに比べると、「オレはわかってる。ただ言葉で説明できんだけ」とかいう人は、自分がわかってないということすらわからない、のであろう。この発言を失礼だと思うなら、お前ら早く電話をよこせ。ホレホレ。

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まあ、私の友人たちはこの件に興味がないだけなのかも知れない。仕方ないから自分で考える。通常「ツマる」あるいは他動詞「ツマらせる」と訳される英単語は「jam」だ。「先がつっかえる」という意味。「traffic jam」で交通渋滞。「コピー機の紙詰まり」も「ファスナーがひっかかる」も jamと表現する。

jam (英辞郎による)
【2-名-3】 (コピー機などに起こる)紙詰まり
【2-自動-1】 引っかかる、つかえる
【2-自動-2】 (機械{きかい}などが)動かなくなる、故障{こしょう}する
【2-自動-3】 《野球》(打者が内角球に)詰まる
【2-他動-2】 妨害{ぼうがい}する

ここから先はてきとーな想像で書く。バッターは、どこでボールとコンタクトするか、ヒットポイント(ミートポイント)を想定し、その位置でトップスピードになるように無意識にチカラを按配して振り出す。だから、それより手前でボールに当たってしまうと「差し込まれた」「機先を制された」「後の先を取られた」という感じになる。バットにじゅうぶんなスピードを乗せるより前にボールに当たり、そのためじゅうぶんなチカラを発揮できない。たぶんそういうのを「jam(ツマらされた)」と言うんだと思う。

じゃあ「ツマる」と「振り遅れる」はどう違うのか。キリキリ考えると長くなりそうで、しかも長さの割に大した発見はないような気がするので、やめておこう。「ツマる」と「振り遅れる」は場合によっては同じ意味だし、場合によっては別の意味だ。大体その程度の理解でいいんじゃないか。ただひとつ特徴的な点を挙げると、「ツマる」は内角の球をバットの根っ子で捉えた場合によく使われ、「振り遅れる」は外角の球を外角方向へファールした場合によく使われる、ような気がする。たぶんバッターの主観が「差し込まれた」「機先を制された」「後の先を取られた」となるのは、内角の球を慌てて振った場合に多いのだ。

打者が「近い」という場合、「キャッチャー寄り」という意味と「内角」という意味と両方ある。打者にとって「キャッチャー寄り」であることと「内角寄り」であることは「オレの体に近い」という点で似てるわけだ。だからミートポイントが予定よりキャッチャー寄りで、予定より根っ子になると、あちゃー、差し込まれた、となるのだろう。ただ、そうは言ってもこういう記事もある。

キャンプ最終日のシート打撃、志願してマウンドに立った41歳(山本昌)が、中村紀との直球勝負を制して万全な状態を証明した。(中略)初球をこの日最速の134キロでストライクを奪うと、2球目の外角134キロ直球で右飛。ノリが「思いっ切り詰まりました。キレのあるいい球でした」とうなった対決。(2007年2月28日 中スポ)

ツマるのは必ずしも内角球とは限らないようだが、人により場合によっていろんな意味で使われているのかも知れない。

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ツマるとは体の近くで打つこと、とすれば、通常ダメなこととされる「ツマる」と、通常イイこととされる「ギリギリまで体に引きつけて打つ」は、じつは共通点も多いことになる。和田一浩はつねづね「バッティングはツマらせてナンボ」と語る(と2008年、ラジオで実況アナが言ってた)。ツマらせて、ボールをツブして打つ、んだそうだ。如何にも東洋人好みな芸談だが、眉唾とばかりは言えない。実際多くの選手が「和田さんの打球はキューンって感じで他の人と音がぜんぜん違う」と口を揃える。そして和田の打撃は始動の遅さに定評がある(と同じアナウンサーが言ってた)。

森岡良介はプロ入り3年を経た2005年秋のキャンプで初めて「ボールを引きつけて打つ」ことを覚え、2006年以降劇的に成績が向上した(と2008年6月12日付のトーチュウに書いてあった)。ウェスタン・リーグではすでに「参考にできる打者はいない」んだそうだ。2008年は6月になって一軍に呼ばれた。中日では和田一浩が「引きつけて打つ」打撃の代表である(と、同じ記事の中に書いてある)。「いやあ、和田さんはスゴ過ぎます」。感心するというより、凄さに驚いた。

森岡によるとその凄さはテレビでは(バックネットからの映像では)わからない。ベンチから(横から)見て初めてわかる。「横から見るのが一番。見やすいからです。ビデオで見る時も横から撮影したものを見ます」

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以下は2008年1月3日のトーチュウより。金森栄二は2001年から西武の打撃コーチに就任した。そのとき44歳。神戸製鋼からプロ入りして4年間を経過した和田一浩(29歳)にとって、金森との出合いは「転機と言えるものでした。それまでパッとしなくて、このまま終わるという危機感がありましたから」。金森理論最大の特徴が、「球を引きつけて打つ」なんだそうだ。極端に言えば軸足側だけで打つ、とトーチュウに書いてある。「最初は何を言ってるのかすらわからなかった。それまでとは全く違う考え方でしたから」。ミートポイントを「近く」「もっと近く」と矯正された。「それまでは前でさばこうとしていましたが、そうじゃなかった。『ツマったらダメ』じゃなくて、それでもOKだったんです」。それまでの4年間で計4本塁打だった和田は、2001年に18本塁打、外野1本に絞った2002年には33本塁打81打点と潜在能力を開花させた。

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飛ばないボールは重いか軽いか

スーパーボールってあるでしょう、あの、ビョーンとよく弾むヤツ。一方「アンチ・ス—パーボール」或いは「ハネナイト・ボール」という、「気味が悪いほどまったく弾まないボール」もあるらしい。ハネナイトというのは内外ゴム株式会社が開発した衝撃・振動吸収性に優れた制振ゴムであり、「ゴム常識を越えたゴム」だそうだ。同じ重さのスーパーボールとハネナイトボールを、同じ高さから秤(体重計とか)の上に落としたら、どっちが重い(つまり針が大きく振れる)だろうか。「そりゃ弾まない方だろう、だって、よく飛ぶ球は手応え軽いんでしょ?」と、私は思いました。しかし逆だという。スーパーボールの方が重い。弾まないものは衝突した時にだけ相手に力を及ぼすが、よく撥ね返るボールは撥ね返る時にも相手を押すんだそうだ。したがって理論的には、弾むボールの方が二倍重い。力学を知ってる人には常識なのかも知れないが、私は『衝突の力学』(仮説社/2005年/\2000)という小学生向けの本で知り、ハゲしく驚いた。

時速150km重さ150gの粘土の球を打ったら手首を骨折するだろう、と信じていたんだが、重さ150gの硬球より重さ150gの粘土の方が、打った時の手応えはむしろ軽いのか? にわかには信じ難いが、ほんとうだろうか。この本のは実験レポート付きなので、悪意で嘘ついてるのでない限り本当だと思う。だとすると我々は「弾む/弾まない」の効果について、ずいぶん誤解してるのだろうか。

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「監督、ボールを変えてみませんか」。苦戦していた5月、(ドラゴンズの落合監督は)森投手コーチに切り出された。考えもつかなかった。投手陣を生かすには、従来のミズノ社製より“飛ばない”といわれるサンアップ社製にすればいい−。3分後、用具担当を監督室に呼んでいた。(兼田康次/SANSPO.COM)
(ドラゴンズは)6月1〜3日の巨人戦(東京ドーム)で3連敗したことで、ナゴヤドームでの使用球を“飛ばない”といわれるメーカーに変更。なりふり構わぬ防御策で、東京ドームで1試合平均1・9本塁打のG打線を本拠地で1・25本に抑え込んだ。(橋本 純己/WEB報知)
ミズノ社のマーケティング部長の久保田憲史さん(47)は、「中日の存在が新ボール開発のきっかけだった」と振り返る。これまで同社製のボールはいわゆる「飛ぶボール」といわれ、昨季はセ・パ合わせて9球団が使用していた。しかし、中日が6月18日の横浜戦から、在京3球団に対しサンアップ社製を採用。それまでの1試合平均1・32本から変更後は0・69本に本塁打数が激減、“守りの野球”でセ界を制覇した。これに危機感を持った同社は昨夏から低反発球の開発に取り組み、従来比約2・1メートル飛距離を抑えたボールを完成させた。(トーチュウ)
新庄が五回無死一塁からオープン戦第1号の本塁打を放った。内角低めのチェンジアップをすくい上げるように、左翼スタンド上段まで運んだ。時折雪が降るほどの寒空にアーチを描き「寒くて手が痛いから、しんに当てちゃおう打法」と新庄らしい言葉で手応えを口にした。昨季は広角に打ち分ける技術の成長を見せた。今年はパワーアップを目指し、体重も増やしている。最近は『飛ばないボール』に「重過ぎる」と弱音を漏らすこともあったが、きっちりと対応してきている。(2005年3月14日 神奈川新聞)

新庄剛は低反発球を「重過ぎる」と言う。ところが『衝突の力学』は、低反発球の与える衝撃は物理的には軽い、と教える。どっちもウソツキじゃないと仮定すると、どういうことなのか。ひとつの解釈は、バッターは「飛距離が出ない」ことを「手応え重かった」と錯覚しやすい、というものだ。もしかするとバッターの言う手応えは、物理的な衝撃量とはぜんぜん関係なく、飛距離から来る印象のみで決まるのかも知れない。しかし新庄は「寒くて手が痛い(けど、芯に当てればあまり痛くない)」と言っている。錯覚で手が痛くなるというのはあり得ないことではないが、全部が錯覚とも思えない。川上憲伸がバッティングでツマったために手を痛め、次のイニングなかなか投げられなかった、というシーンの記憶もある。やはりアレは物理的な衝撃量が大きかったんじゃなかろうか。

そこでもうひとつ思い付く解釈は、「低反発球はツマりやすい」というものだ。ジャストミートすれば低反発球の方が手応えが軽い。しかし、ちょっとでもjamすると、途端にロスが増える(手応えが重くなる)、と。つまり「低反発球の方がスイートスポットが狭い」と言うか。ほんとかなー。

メモ・アメリカ篇