清原チンポコ発言

kiyohara, THE MAN

kiyohara chimpoko hatsugen:01

忙しい人のために要点のみ。

キンタマついとるなら、ここぞっちゅー場面では真っ直ぐ勝負やぞ、そういう気概がないピッチャーは大成せーへんぞと、偉大な投手が後輩に自分の野球哲学を語るのはいい。その主張に同意するかどうかは別として、語ること自体には全く問題ない。それは、投手同士だからだ。先輩(男)が後輩(男)に「ええか、デート代は全額男が出すんやぞ。男はつらいが、やせ我慢せなあかんぞ。見栄張れんかったら男やないぞ」と言い聞かせるようなものである。

だが、同じ台詞を打者が投手に言うのはダメだ。ひじょーにみっともない。たとえどれほど偉大な打者であっても。いや影響力を考えれば、偉大な打者こそは、特に。

それは女が男に「はあーっ? デート代は全額男が出すのが常識でしょー? 割り勘なんてあり得なーい。ケツの穴ちっさー」と大声で言うようなものだ。清原、中村紀、イチローは、そこらへん、考えを改めていただきたいと思う。以上、要点終わり。




清原チンポコ発言経緯備忘録

2005年4月21日、巨人阪神戦@東京ドーム、先発は内海 vs 井川慶。阪神9点リードで迎えた七回裏、一死から阿部慎之助のソロで8点差。さらに一二塁から高橋由伸に四球で二死満塁、次打者通算本塁打記録499本まで来た清原、この日三振/三ゴロ/一飛で迎えた第四打席。エース井川から怪物藤川球児にスイッチ。フルカウント。藤川のフォークに空振り三振。

藤川は「僕もストレートで勝負したかったけど、そこまでの力が無いということ。サインがフォークだったんで」とか発言。清原は「10対2で、二死満塁で、カウント2−3でフォーク....。ちゃうやろ。ケツの穴、小さいわ。チンポコついとんのか」と発言。

清原チンポコ発言を受けて翌日、阪神・岡田監督は「失礼やな。真っすぐしか打てません、と言ってるようなもんや。それまで3球、真っすぐがきて、2球、空振りしたんやからな。あのフォークもストライクやったしな。ほんまに失礼な話や」と怒りのコメント。星野仙一SDは「何をぬかしとるんや!! カウント2−3から藤川がフォーク? そんなもんは投手の自由や。真っ向勝負? それ(フォーク)を打ちゃあ、いいだけの話よ」「それまでに何回も勝負しとるやないか」とか怒りのコメント。藤川は「新聞で読みました。まあ僕だけの試合じゃないんで」とかなんとか発言。藤川の発言は常に体温低そうな雰囲気で、でありながらイチローや中田英寿や野茂や落合博満が時として発散する露骨な拒絶感がなく、醒めた味がある。おたくの味とでも言うか。

朝日や毎日や読売や日経はこの発言を一切無視したらしい(未確認情報)。チンポコは彼らの手に余るのか。スポーツ新聞はどこも面白がって大きく扱ったが、これを平然と「チンポコ」と表記したのは東スポと夕刊フジくらいらしい(未確認情報)。それ以外の各紙は、「チ●ポコ」「チン●コ」「チ×ポコ」「チン×コ」のいずれかを採用したようだ。「チンポコ」表記を当然のように自主規制する新聞各社のやり方に、個人的には、ちゃうやろ、見識疑うわ、と、思わないでもない。いやマジメな話、プレスの自主規制というものはほんとうに危険だと思う。プレスがこぞって「世間の空気を読んで面倒ごとを避けよう」というのを最優先にしたら如何にヤバいか、プレスのみなさんは改めて考えて欲しい。

後記:発言は正確には「チンポコ」ではなく「チンコ」だったのかも知れない。そういう説を「見物人の論理」で知りました。

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真っすぐ勝負の美学は痩せ我慢の美学である

どうでもいいけどなんか話題にしたくなる話題というのはあるもので、2005年7月時点で言うと映画「魁!!クロマティ高校」とクロマティさんとか、ちょっと旬だ。この時の清原チンポコ発言はクロマティ問題の何十倍ものセンセーションで、野球系のブログではどこでも話題になり、そのどれもに信じられんほど大量のコメントがついた。まあ要するに面白いのである。僕に理解できた範囲では、清原を支持する意見は

あれは「打たせろ」とかそーゆー意味じゃない。全然違う。心意気の勝負をしよう、しびれる勝負をしよう、渾身の1球を投げて来いや、っちゅー話だ。

というようなものだ。

しかしなあ・・・ 清原の『真意』がなんであろうとなかろうと、真っすぐ勝負は打者有利の縛りだ。そうでないなら誰も変化球なんて投げないだろう。そして真っすぐ勝負を要求したのは清原だ。「打たせろっちゅーことかいなプゲラッチョ」と言われるのは当然ではないか。これを「そういう話じゃ全然ない」ということが、もし言えるとしたら、それは「清原には、自分有利の条件を要求してるという自覚はなかった」という意味でしか有り得ない。そう、もちろん自覚はなかっただろう。まさにその自覚のなさこそが面白いので、あれだけ話題になったのである。

仮に清原がこう発言してたらどうか。「あの真っすぐだけでもオニやのに、最後はフォークや。そらエゲツないで、堪忍してーな。こっちは老体やで。ヒザかて悪いんやで。真っすぐだけで来てくれてもエエやないか。向こうは8点も勝っとるんやからええやないか」

・・・情けない。情けないのではあるが、これだとあそこまでの愉快な大騒ぎのネタにはならなかったに違いない。何故なら、この発言には情けなさの自覚が見えるからだ。チンポコ発言にはそれがない。まるで正義の大道をまっすぐに主張してるかのような堂々たる鼻息だ。ファンが言うのはいいんですよ。解説者が言うのもいい。堀内監督が言うのもいいかも知れない。当の打者が言うのもまあ、笑いながらならわかる。或いは、心理戦としてなら(イヤらしいが)理解はできる。落合博満なんかその手の心理戦をよく仕掛ける。野茂英雄に対して「若いのにフォークで勝負するおじん臭いヤツ」と、対戦前に記者に語って牽制したりとか。大魔人佐々木に「アイツのフォークは全部ボール。コントロール悪過ぎだから怖くない」とか。落合博満の心理戦はじつにセコイ。個人的にそのセコさが好きではないが、使える手は全部使うというその姿勢に、さすがプロだ、と無理矢理思えなくもない。現に佐々木なんかこのセコイ心理戦にハメられた気配もある。しかし清原はそういうんじゃなく、澄んだ瞳で、堂々たる鼻息で、ナイーブな爽やかさで要求する。しびれる勝負をしよう、渾身の1球を投げ込んで来いや、だから真っすぐ勝負や。







・・・・・・なんでもいいけど、自分に有利な条件を要求する者は、最低限、それが自分に有利な条件だという自覚があってしかるべきだ。千秋楽、東西の横綱が全勝同士でぶつかるという大勝負の決着がけたぐりで決まったとしたら、そりゃ客も解説者もアナウンサーも親方衆も、大方は大ブーイングだろう。それはわかる。負けた本人も、そりゃないぜ、と内心怒り心頭かも知れない。それもわかる。そういう、ストロングスタイルを重んじるメンタリティは僕にもある。ただ、負けた本人がそれを口に出したらカッコ悪いでしょう、負けたんだから。けたぐりに転がされといてなに威張ってんだ、勝って言えよ、って話だ。清原が藤川のフォークを満塁ホームランに仕留めて「アイツの最高の武器は真っすぐやのに、ショボいフォークでかわしに来るからや。どやッ、ワイが男清原やッ」と言ったのであれば、日本中が清原に拍手喝采だろう。

また、「東西の横綱同士」だったらそうだとしても、「横綱と舞の海」だったらそうでもない、ということも言っておきたい。2005年の時点での清原と藤川が「横綱と舞の海」くらいの格の違いがあったのかなかったのか、意見はいろいろあるだろうが、年俸だけ見れば清原3億6千万、藤川2千200万と、(いずれも推定だが)笑っちゃうような大差がある。藤川が清原にけたぐり食らって文句言うならまだしも、逆はみっともないんじゃなかろうか。

さらに、野球は相撲と違う、ということも言っておきたい。相撲の醍醐味は真っ向からの力勝負やでえ、と言われればまあ八割くらいは同感だが、野球やサッカーやバスケやボクシングでは最大五割までしか同感できない。力勝負も醍醐味だが、騙し合いも醍醐味だ。「イヤ騙し合いはキッツイでえ」、というのは打者の側の勝手な都合だ。

ちょっと関係あると思うんだけど、大差で勝っているチームが盗塁すると負けてる方が怒る、というアメリカ由来の風習がある。2007年4月19日のヤクルト横浜戦、七回表、11-0 でリードした横浜は石井琢朗に代走石川を送り、二盗させた。監督兼任捕手古田敦也は送球せず、「何走っとんねんコラッ!アホか!」と大声でののしった。伊東昭光ヘッドコーチは試合後、「あの戦術はない。牽制もしないし一塁手もベースから離れている。どこのチームにもないと思いますよ」と語った。アレはどうかと思う。勝ってる側が「可哀想やから勘弁したるわ」と言うのならわかるが、負けてる側が威張って要求するようなことだろうか。自分に有利な条件を要求する者は、最低限、それが自分に有利な条件だという自覚があってしかるべきだ。

野球とは、ひとつでも先の塁を奪いたい攻撃側と、防ぎたい守備側とのせめぎ合いだ。大差で勝ってる側が盗塁無警戒、というなら戦術としてあり得る。「ランナー気にせずひとつずつアウトカウントを稼ごう」というふうに。

だが、大差で負けてる側が盗塁無警戒って、どういうことだよ。大差だから手を抜いてましたというのと同じじゃん。そんなことを堂々と言わせておいていいのか。コミッショナーは敗退行為として警告すべきではないか。「死者に鞭打つことなかれ」というのがアメリカ精神だそうで、しかし「負けたチーム」を死者になぞらえるのであれば理解できるが、「今のところ大差で劣勢のチーム」がどうして死者なのか。負けてるチームが自ら「ウチは今日はもう死にました。だから盗塁も警戒しません」というのは、ファンに対する裏切りではないのか。んなこと言うなら「何走っとんねん」とか怒鳴ってないで、さっさと試合放棄したらどうか。

まあそれはそれとして。

清原の発言の背景には当然、清原が藤川球児を認めているという事実、あいつのストレートはほんま凄いで、ワシをその気にさせるで、というリスペクトがあるわけだが、あそこでフォークはあり得ない、と考える理由を、それ以外に彼はよっつ上げている。

1)「10対2で」
2)「二死で」
3)「満塁で」
4)「カウント2−3で」

いずれにしても打者から要求する筋合いのものではないと思うが、投手が「8点も勝っとるし、二死やし、ランナーもおらんから真っ直ぐ勝負させてもらおか」と考えるのはわかる。あるいは勝ってる側の監督が「おい藤川、8点も勝っとるし、二死やし、ランナーおらへんから真っ直ぐ勝負してもええで」と言うならわかる。だがいくらなんでも「満塁だから真っ直ぐ勝負」はないだろう。アホか。理屈としてあり得ない。満塁で回ってくる打席こそがワシの晴れ舞台やでえ、という清原の気持ちはわかるけどさあ、そんなことは理由にならんよ。

◆ ◆

この事件の翌日、中日戦。川上憲伸が清原に真っすぐ勝負を挑んでねじ伏せ、

我らがケンシンが番長を黙らせた。500号本塁打に王手をかけている巨人・清原を4打席とも力勝負で1安打に抑え、記録達成を封じるとともに、1日の開幕戦以来の白星で今季2勝目を挙げた。中日は再び単独首位。

そこに清原が待っている。だから川上はマウンドに上がった。 「本当は8回が終わった時点で代える予定だったけど、ここの4番と勝負したいって。ダメって言えん。楽しんでこいって」 落合監督は黙って送り出した。

前夜のフォーク勝負に怒気を隠さなかった番長に、川上が男気を見せた。そこまでの3打席は、「ゲームの中で余裕がなかった」。しかし、4点差の9回。個を押し出すことがあっていい。だからこそ、1人目の高橋由に全力を注いだ。「どこまで自分の球が通用するかやってみたかったんです。雰囲気を味わいたかった。(そのためには)とにかく由伸を打ち取らないと、思い切ってワインドアップで投げられないですから」

清原への初球は143キロ。直球が上ずった。2球目は142キロ。高く舞い上がり、荒木のグラブに収まった。「参りました」と清原。勝負を満喫した川上は、こんな言葉を残している。「楽しめたっていうより、テレビでファンが見ている中、緊張感のある1対1の勝負ができたっていうことです」。凋落傾向にある球界に、どっこい、こんな男が残っている。

と、スポーツ新聞の王道を行く講談調の美文で称賛された。

川上憲伸はピッチャーだ。誰がどう考えても真っすぐ勝負はピッチャー不利なのに、敢えて痩せ我慢してピッチャーが挑む。フルスイングで打者が応える。左ジャブもフェイントもワンツーもフットワークもスウェーもすべて封印して、右ストレート一本で正面からどつき倒したるねん。なにくそ、ワイのカウンター一発で返り討ちにしたるわ。行くぜっ。どやっ。まだまだっ。これで仕舞いやっ。ふん、こんな球じゃ蚊も殺せんで。くくっ、吐いた唾呑まんとけよ。はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、ちっとはやるやないか。ぜいぜい、ぜいぜい、お前もなあ。堪能したで、次は見とれよ。ふっ、大した男よ、褒めたるわ。

……………真っすぐ勝負の美学は痩せ我慢の美学だ。ピッチャーが敢えて選ぶ真っすぐ勝負でなければ意味がない。バッターから要求して、ナニがしびれる勝負か。それはむしろ、ぬるい勝負じゃないのか。

その自覚がないところが清原和博37歳の無邪気で爽快な非凡さであり、子供大人の悲しさでもある。清原は長い間、野球人ならピッチャーでもバッターでも、日本人でもアメリカ人でも、若手でもベテランでも、とにかく野球人なら清原には惚れる、というほどの存在であり続けた。いざという場面で真っすぐ勝負を挑まれることも多かっただろう。それでちょっとそういう精神構造になっちゃったんだと思う。どうも清原和博と佐々木主浩には共通した幼児性を感じてしまう。そこが爽やかな魅力、と言えなくもないが、ちょっと可哀想だ。中村紀洋も似た空気を感じさせるんだが、なんとか同じ轍を踏まずに活躍していただきたい。

その後藤川球児は6月25日の甲子園、八回一死無走者で清原と再戦、完勝。僕はこれを幸運にも出張先のホテルのテレビで、リアルタイムで見ることができた。いやー、しびれるわ藤川。そして

1球目から直球で押した。カウント2−2に追い込むと、6球目にはじめてボールになるカーブを投げた。そして7球目。外角低めの149キロに、清原のバットが空を切り、割れんばかりの大歓声に細身の体が包まれた。「抑えた? たまたまでしょう。見応えあった? それはよかったです。前のシーンが蘇った? ないです」

と、しらっとスタイリッシュな大人のコメントを残す。さいしょ「ほんとはストレートで勝負したかったけどすいません」発言を聞いたときは、えらい正直な人だなー、と思ったけど、ちょっと印象変わった。もしかするとアレも「とりあえずおべんちゃらで清原のおっさんを立てといたるわ、これも仕事やし」というふうな了見の、本心を明かさないふてぶてしいコメントだったんだろうか。んなこたーないか。

◆ ◆

真直ぐ勝負を称え変化球を貶めることで有名な野球選手と言えば、清原以外にはイチローと中村紀洋だろう。かつてイチローは「自分に対して、力で勝負しようという投手がいなくなった。皆、ボール球を振らせて 喜んでいるんですからね」と語ったことがある。あるらしい。ちょっと一次ソースが確認できないので、捏造だろうか。しかし代わりに、2006年春、オリックスバファローズ宮古島キャンプを報じた一連の記事をみつけた。

●清原、イチロー初競演「宮古島劇場」

ウエルカム・イチロー。「WBCの調整に」と自ら呼び掛け、はるばる宮古島まで招いたチーム初の紅白戦。その1回表、第1打席の歴史的第1球を、清原も「ワクワクして」見守っていた。世界一の打者への敬意と感謝の心で、イチローが気持ち良くフルスイングできるような球を投げてほしかった。ところが「あのカーブはアカンわあ」とノリも苦笑いの変化球。ガッツポーズをした捕手前田をみて、清原は「そういうのが日本の野球をおかしくしとるんや」と話した。昨年物議を呼んだ阪神藤川への発言とは違う。イチローと対戦できる貴重な機会に、なぜ正面からぶつかって自分の力を試さないのか。金子の将来も思っての“愛のカミナリ”だった。(2006/02/12/nikkansports.com)
●オリックス清原、フォスター氏と打撃談議

オリックスの臨時コーチでレッズの元主砲、ジョージ・フォスター氏が清原と、打撃談義に花を咲かせた。フォスターコーチが「好成績を残し続ける方法は?」と質問し、清原は「他の強打者をよく見て研究している」と答えた。また、前日紅白戦で金子がイチローに初球カーブを投じたことについては「自分の最高の持ち球で勝負するのが大事。初球に変化球を投げたからといって、失礼にはあたらない」と語った。(2006/02/13/nikkansports.com)
●23歳左腕にノリまた苦言

オリックスは16日、紅白戦を実施。白組の4番で初出場した中村紀洋内野手(32)は、変化球勝負の若手投手に苦言を呈した。
苦々しい表情を浮かべて、中村が一塁へ走った。左腕・高木の2球目、外角低めのチェンジアップを引っかけて遊ゴロ。「まさか変化球が来るとは思わなかった。おい!っていう感じ」今のノリに凡打のことなど頭にない。23歳の左腕の姿勢が寂しかった。試合後、NK砲2人を抑えたはずの高木が、頭をかいていた。「『真っすぐで来んかい』って言われた。気持ちで向かって来いという意味だと思う」ノリに直接、活を入れられたことを明かした。(スポーツ報知/2006/02/17)
●ノリぶ然「変化球とは…」

中村は紅白戦初打席に不満。「生きた球を打った感じは?」との問いにも「球は死んでるね」とぶ然。真っ向勝負しろと言いたげだった。(トーチュウ/)2006/02/17)

「紅白戦での先頭イチローへの初球がカーブ」の話題については、イチローが金子に「サインか? サインならしゃあないよな」と清原の怒りをフォローした、というような記事もあった。やっぱりどうもイチローも中村紀洋も清原同様、直球勝負を称え変化球をバカにするのが好きなようだ。

イチローの魅力もイチローの偉大さも重々承知しているつもりだが、だからといって「イチローもそう言ってた」というのが権威の御墨付きのように語られがちな日本の現状(2007年現在)はちょっとどうかと思う。彼らは真っすぐの方が気持ちがいいと言うが、そんなことは当たり前だ。変化球というものは打者に気持ちよくスイングさせないためにこそ開発されてきたわけで、変化球が存在しなかったら打者はさぞかし気持ちいいだろう。彼らは(たぶん無意識に)打者に有利な主張をしている。

「真の」意図がなんであれ、彼らの主張は自らへの姑息な利益誘導そのものだ。その証拠に、彼らは決して「野球の醍醐味は力勝負や。なのにマウンドが遠過ぎて醍醐味が薄れとる。それが日本の野球をおかしくしとるんや。もっと前にせんかい。その代わりピッチャー返しが危ないから、防護ネットの使用を義務付けたらええわ」とか、「野球の醍醐味は力勝負や。なのに球が弾み過ぎて醍醐味が薄れとる。お嬢さんスイングでもちょっと芯を食っただけでホームランかい。それが日本の野球をおかしくしとるんや。もっと球の反発係数を低うせんかい」なんてことは主張しないではないか。

彼らが真直ぐ勝負を称えたからと言ってそれに同調するのは、痴漢がミニスカートを好むからという理由で女性がミニスカートを履くようなものだ。もちろん、実際にはそんな女性はいない。痴漢は軽蔑されているからだ。ところがイチローの好みに合わせて変化球を軽蔑する野球ファンは、怖ろしいことにけっこういる。なにせイチローだからねー。2004年以降のオールスターでたびたび繰り返される直球勝負(それはたしかにおもしろいが)を見ていると、清原やイチローや中村紀洋の直球賛美が日本の野球をおかしくしとるんじゃないかと、心配になって来る。

ついでにどうでもいいことを言うと、清原や中村紀洋はともかく、少なくともイチローに対しては、投手はこう言い返す権利がある。「力で勝負しようという気のない打者がいる。カサコソ走って内野ゴロをヒットにして威張ってるんですからね」と(僕がイチローを嫌いだとか、イチローの内野安打を嫌いだ、などと誤解しないでください。僕はイチローの直球賛美《にやすやすと同調する野球ファンの傾向》に懸念を表明しているのであって、イチローの人格やプレーを批判しているわけではない)。

◆ ◆

僕はつねに「罪を憎んで人を憎まず」「Don't take it personal」の精神で発言しているつもりだ。つまり、イチローの悪口を言うためにこれを書いているのではないし、当然、清原の悪口を言うために書いているのでもない。だから今後に向けてひとつ建設的な提案をしようと思う。今後似たような場面で、清原はどうすればいいだろうか。例えば「ワシとは直球勝負せい。その代わり、5メートル前から投げてええで。危ないから防護ネットと顔面ガードも着けたらええわ。どやっ」なんていうのは、フェアで、筋が通っている。しかしルール上許されないだろう。ではホームラン勝負というのはどうか。拡声器を使って満場にこう宣言する。

「もう15点も差がついとる。この際ワシとオドレ、しびれるタイマン張ろうやないか。ホームラン勝負や。ホームラン打てんかったらワイの負けや。ホームランやなかったらたとえフェンス直撃でも、歩いてすごすごベンチ帰ったるわ。心意気の勝負をしよう、しびれる勝負をしよう、渾身の1球を投げて来いや。どやっ。ワイは男清原やっ」

勝敗の興味がほぼ失われた時点で、打者の側から敢えて持ち出す、圧倒的に打者不利な縛り。なんという理不尽、なんという無意味な痩せ我慢、なんというド阿呆。さすがは男清原や。盛り上がるでしょうコレ。他にも、ワシはこの打席、2ストライク取られるまでは振らん、と宣言する「一球勝負」なんてのも、サマになるんじゃなかろうか(ところで清原は「僕は自分のことをワシとかワイだなんて言ったことありませんよ」と発言しているらしい。でもおもしろいからどうしても「ワシ」の誘惑に勝てず、ここでは「ワシ(あるいはワイ)」にしてます。清原、すまん)。

追記:2005年オールスターゲーム第一戦

オレたちが愛したあの怪物・清原と、2005年現在の清原和博37歳はまったく別人に見える。髪、とゆーかスキンヘッド、眉、ピアス、頬の肉、首の後ろの肉、皮膚の色ツヤ、体形。現状の清原は怪物というより妖怪だ。怪物も妖怪も似たようなもんだろう、と言ってみても空しい。いつからこんなことになってしまったのか。しかしそれでも時折、嗚呼、あの中の人はたしかにオレたちが愛した清原だと、思わせてもらえる瞬間がある。

「2005 サンヨーオールスターゲーム」のファン投票最終結果が7日発表され、巨人・清原和博内野手が一塁手部門で3年ぶりに選出された。全セの中日・落合博満監督は、直ちに清原の4番起用を明言。

「ファン投票で選ばれたメンバーをスタメンにするよ。2試合とも。それがファンへの恩返し」「金本? チーム事情で4番にはなっているけど本来は3番タイプ。適性を考えて打線を組む。やるからには負けたくない。勝ちにいくよ」「4番は清原でいく。過去の実績を調べてみな。オールスターの4番というのは特別なんだ」

規定打席で打率最下位(2割1分4厘)、リーグ5位に低迷する巨人の6番打者…。そんな現状よりも燦然と輝く球宴での実績が重要だった。打率3割7分9厘で12本塁打32打点、MVPは実に6回。無類の“球宴男”に4番を託すことを決めていた。だが一方、巨人では清原スタメン落ちの“休養案”が急浮上。清原には何とも皮肉な七夕となった。

2005年7月22日、オールスターゲーム第一戦、インボイス西武ドーム。全セの四番は清原和博。全パの先発は松坂大輔。初回、清原の第一打席は天井に当てる先制タイムリー。天井がなかったらレフトフライだったのか、それとも場外ホームランだったのか。二回表、二死満塁で第二打席。オールスターで松坂相手に二死満塁で回って来るところがすでにもう、さすが清原だし、ペナントレースでの不振にもかかわらず迷わず四番を任せるさすが落合博満でもある。

「松坂は、対清原全球直球勝負の公約してたのよ。で、清原はストライクを2球、黙って見送ったの。ツー・ナッシング」
「あれ、もしかして『一球勝負』ってヤツですか?」
「そう。いやー、こんなページを読んでくれる人は日本中で数人かと思ってたけど、なんとその数人のうちのひとりが清原だったんだねえ」
「ぐはぐは」
「読んだならメールくれればいいのに、水臭いぜ番長」
「それでどうなったの」
「うん、一球勝負でさあ、しかも明らかにホームラン勝負なのよ。無茶振りフルスイング。空振り三振。しかしなー、読んどったんだなー、清原。そうかそうか。建設的な提案をした甲斐があったよ」
「あーはいはい、ヨカッタネー」
「で、第三打席に西口からライトへホームラン。いやー、さすがオレたちが愛した清原だ」
「はいはい、ワロスワロス」