ここまでのあらすじ:球威はジャストミートされたバットを圧倒するチカラではなく、ジャストミートを阻むためのチカラである。打者が「ジャストミートしても重い球」と感じるのは、要するにジャストミートに失敗した場合ではなかろうか。
このページの概要:そうは言いながら、「ジャストミートしても重い球」を説明する、比較的まともそうな説をいくつか検討してみたい。
think back about heaviness and hardness:01
作用反作用説再び
前ページで、ジャストミートとはロスが最少であるようなミート、と定義する限り、ジャストミートしても重い球なんてものは定義上あり得ない、ということを述べた。それは「麦芽でつくるのがビール」と定義した上で「麦芽を使わないビールなどそもそも定義上あり得ない」というようなものだ、ということも述べた。
もちろん、「麦芽でつくるのがビール」と定義した上で「麦芽を使わないビールなどそもそも定義上あり得ない」なんて言っても単なる同語反復で、あんまり意味はない。そんな論法で話が済むなら、超能力だってUFOだってあり得ないことが簡単に証明できるわけだが、そんなこと言ったところで超能力論議やUFO論議に何の影響力もないだろう。無力。もともとどうやって測ったらいいかすらわからないものの話をしているのだから、定義を決めること自体に無理がある。また、「ジャストミートが困難な球←→ジャストミートしても重い球」という枠組みでは捉えられない領域も存在する。
この図で、C’はA’より長い。投球の回転のエネルギーが、打球の直進運動エネルギーに加算されるわけだ。バッターにとって、軽くミートするのは比較的簡単で、思い切り振って(つまり、速いバットスピードで)ミートするのはそれより難しい。しかしミートを心がけた(つまり、あまり速くない)スイングでも、ボールの方に強烈な回転があればそのぶん「衝突によってボールに与えられる力」は大きくなり、飛距離が出るのかも知れない。それを「軽い」と表現してもいいのかも知れない。そういう可能性はある。「ギュルーンッと回転するベーゴマがカベにぶつかると激しい勢いで跳ね返る」のと同じ原理だ。
これは「ジャストミートが困難な球」とも「ジャストミートしても重い球」とも関係なく、「強い球は強く跳ね返る」という当たり前の話だ。当然、ここから「回転があれば軽いし回転がないと重い」なんてことはまったく導けない。この原理でいうならば、回転してようがしていまいが、むちゃくちゃ速い球はむちゃくちゃ軽いことになる。また、「止まっている球がいちばん重い」ということにもなる。
実際、いわゆる「ロングティー」でスタンドまで飛ばすのはプロでもむずかしいらしいので、「止まっている球がいちばん重い」というのも間違いとは言えない。ただ、打つと重くて電気ノコギリみたくビリビリ来るとか、バットを持った両手にかなりの衝撃があったはずとか、キャッチャーの親指が腫れるとか靱帯を切るとか、そういう話をこれで説明することはできない。止まってる球で靱帯を切るなんてことはあり得ないからだ。
当然、ジャストミートしても球威がまさって飛距離が出ないとかバットを砕くとかいう話を説明することもできない。そう言われる球は例外なくかなり(少なくともバッティングピッチャーが投げる球よりは)速いので、この理論でいけば非常に(少なくともバッティングピッチャーが投げる球よりは)軽いはずだからだ。また、「速いけどキャッチャーの捕った感触がテニスボールのように軽い球」をこれで説明することもできない。速い球はこの理論でいけばたしかに軽い(反作用が大きい)んだが、同時に手応えは重い(作用が大きい)からだ。
think back about heaviness and hardness:02
バックスピン反転説
「バックスピンのかかった球は打ち返した時にもバックスピンがかかりやすいのでよく飛ぶ。回転の少ない球は思ったより(と言うか、それに比べて)飛ばないので重く感じる」、という主張をよく見る。「べ〜すぼ〜るパラダイス」のねるPさんも「野球むむむ考/キレと球威と伸び」で「バックスピンのかかったボールはバットの中心より少し上で打つと、より強力にバックスピンがかかりますから、浮力がついて良く飛びます」とおっしゃっている。なるほど、そうかも知れない。この理屈だと、いちばん飛距離が出やすいのはバックスピンのストレート、いちばん飛距離が出にくいのはトップスピンのカーブ(ドロップ)ということになり、だとすれば「回転の少ない球は重い」という話とはかなり違う訳だが、それはそれとして、そういうことがあってもおかしくないような気はする。「重い軽いと呼ぶのがふさわしいかどうかはともかく、よく飛ぶ球とそうではない球がある」という主張だ。
ただ、「バックスピンのかかった球は打ち返した時にもバックスピンがかかりやすい」と言われると実に自然に聞こえ、ついついうなずいてしまいそうになるが、バックスピンの投球が回転を保ったまま打ち返されたらトップスピンの打球になるわけで、バックスピンの投球がバックスピンのかかった打球になるというのは、打ち返すと回転方向が反転する(反転しやすい)という、ちょっと不自然な主張である。
「球の重さ選手権・世界大会」のところでも書いたように、ゴルフで、バックスピンをかけたショットがグリーンで跳ねて手前にシュルシュルーッと転がり戻ってくるシーンをよく見るし、サッカー選手がフリーキックのためにボールを投げる時、望みの位置で停めるために軽くバックスピンをかけるのもよく見る。いずれも「スピンをかけた球は跳ね返った後もスピンの方向を保つ」例だ。それを考えると反転説がかなり怪しく思えてくる。
ちなみに「バックスピンのかかったボールはバットの中心より少し上で打つとより強力にバックスピンがかって良く飛ぶ」という見解には何か根拠があるのかないのか、ねるPさんにメールで質問してみましたが、今では全く興味がないのでノーコメント、というお返事でした。たぶん根拠はないんだろう。実際、投球のスピンと打球のスピンの関係については、反転説以外にも三説の存在が確認されている(観測所調べ)。
・無関係説
『ベースボールの物理学』に「ブリッグズの測定結果のレポートによれば、ピッチャーが投げたボールにかかったスピンは、どんなものであれバットとボールが衝突した時に、大部分は消えてしまう。この点は『カーブがまっすぐに飛んでいく』と話す選手の観察から実証される(P.111)」と書いてある。続けて、打球にどんなスピンがかかるかはバットが球のどこを叩くかに依存する(下を叩けばバックスピンのフライ、上を叩けばオーバースピンのゴロ)、とある。そう言われてみると確かに「フライはみんなバックスピンに決まっとる」という気もして来る。さらに同書には、どんな球であれ、ホームランになる角度でミートさえすれば、どうやっても自動的に最大のバックスピンがかかるのだ、というふうなことも書いてある。要するに同書によれば、投球のスピンは打球のスピンに影響しない。理由は知らんが観察によるとそうなのだ、みたいな感じで書いてある。
・トップスピン加速説
東亜日報 AUGUST 03, 2005 03:05 の記事に「打球にいいスピンをかけやすいのはトップスピンの投球」という説が紹介されている。
米カリフォルニア大学のモント・ハーバード博士物理学チームは、2003年末「直球よりカーブがホームランに有利」との研究結果を発表した。バックスピン(進行方向の逆に回転)の直球より、トップスピン(進行方向に回転)のカーブボールがバットに当たったときの上昇力が大きいという。しかし、カーブが直球より時速10km以上遅いうえ、打者がボールを正確に当てにくいため、実際にホームランが多く出るのは直球だ。
反転説よりこっちの方が直観に合致するし、ゴルフやサッカーの例にも合致する。トップスピンの投球の、中心よりやや下をヒットすれば、回転方向を保持するのみならず、回転速度を加速して強力なバックスピンを生みそうな気がしないでもない。
下は一塁側から見た図だ。つまり左方向がキャッチャー、右方向がセンターバックスクリーン。さて「A→C」と「B→C」のどっちが効率的でしょうか。素直に考えればBだ。しかし慎重に考えるならば、わからないと言うしかない。
(ちなみに「ただしカーブは遅いからホームランが出にくい」という部分は完全にウソだと思う。YouTubeでホームラン競争の動画を見ればわかる。遅い球がホームランになりにくいんだったら、ホームラン競争であんな遅い球を投げるハズがない。カーブがホームランになりにくいとすれば、理由はたぶん「実戦では打者は直球のタイミングで待つことが多く、その場合変化球にはフルスイングできないことが多い」みたいなことであって、遅さそれ自体ではない)
・無回転クリーン説
アメリカではさらに「無回転の球こそよく飛ぶ」という説も存在するらしい。理由はやはり、きれいにスピンをかけやすいから。「It's Gone ! MLB Fans' Plaza On The Web」>「Knuckle ball」にこう書いてある。
ナックルボールとは
(前略)爪をボールの縫い目に立て、ボールに回転を与えないように投げると、ボールは空気から受ける抵抗によって、予期出来ない変化をする。(中略)少しでも回転すると、その回転による変化が始まり、それはすなわち打者にとっては見慣れた変化球(もしくは単なる遅い球)となって痛打される。また回転しないボールがバットの真芯で捉えられた時、インパクトで与えられるスピンの影響をまともに受けて、打球は他の球種の時よりも飛距離が伸びると言われている。回転しないことは、諸刃の刃、という言い方もできるのだ。
そう言われると、なんかそんな気もしてきちゃうではないか。「【clean 】: きれいな、不要なものが取り除かれている、汚れのない、清潔な、清らかな、清廉な、汚染されていない、無菌の」という語を使って、無回転クリーン説と呼ぼう。メールで伺ったところ、CNNで1989年頃にあったナックルボールの検証番組中で解析を担当した学者がたしかそう言ってた、という話と、チャーリー・ハフ(有名なナックルボーラー)が被弾した際に実況の解説者(たぶんスティーブ・サックス)がそう言うのを聞いた記憶がある、という話を教えていただいた。ご教示に感謝します。スティーブ・サックスというのは元ドジャースの二塁手。ってことは、バッター目線で語ってるってことか。「ナックルは軌道はやっかいだけどスピンがないから、ミートできた時にはきれいにスピンがかかるのさ」みたいに。
つまりアメリカでは、もしかするとこんなことが言われてるかも知れないのだ。
無回転のまま130キロのスピードで飛んでくるボールと、鋭くスピンがかかって飛んでくる130キロのボールがあるとしよう。スピードは同じだが性質の違う、この二種類のボールをバットで打ったら、どちらをより遠くまで打ち返すことができるだろうか? 野球経験者なら即座にお分かりになると思うが、答えは”無回転のボール”である。理想の角度でジャストミートすれば無回転の方がきれいにバックスピンをかけやすいのは、ゴルフのことを考えても明白だろう。
ニッポンのみなさん驚きましたか。まとめると、アメリカ人の物理学者の説として
・打球のスピンは投球の回転とは無関係。(by ロバート・アデア)
・打球にいいスピンをかけやすいのはトップスピンの投球。(by モント・ハーバード)
・打球にいいスピンをかけやすいのは無回転の投球。(by CNNの検証番組)
という三種があるようだ。今のところ物理学者が「打球にいいスピンをかけやすいのはバックスピンの投球」と主張した例は発見できていない。かつ、学者じゃなくても、「打球にいいスピンをかけやすいのはバックスピンの投球」と主張した「日本人以外」の例も発見できていない。
◆ ◆
「バックスピン反転説」「トップスピン加速説」「無回転クリーン説」を総合して仮に「打球スピン説」と呼ぶとしよう。つまり「投球のスピンが打球のスピンを左右し、それが飛距離を左右する。結果として手応え重い/軽いという錯覚を生んだりもする」という説だ。
「打球スピン説」についてはっきり言えるのは、各種の打球スピン説が存在するし、スピン無関係説も存在する、ということだけだ。もしかするとその中に正しい説があるのかも知れないが、今はまだわからない。
また打球スピン説は、打つと重くて電気ノコギリみたくビリビリ来るとか、バットを持った両手にかなりの衝撃があったはずとか、キャッチャーの親指が腫れるとかいう話を説明することはできない。少なくとも「飛距離が出なかったせいでキャッチャーの親指が腫れる」なんて、あり得ないだろう。当然、「飛距離が出たせいで捕った感触がテニスボールのように軽い」ということもあり得ない。
think back about heaviness and hardness:03
無回転変形損失説
「回転の少ない球はバットに当たった瞬間の変形が大きい」という説があるらしい。上と同じ「野球むむむ考/キレと球威と伸び」に、回転の少ない球は「バットにへばりつくように変形してから飛ぶので、変形にエネルギーが使われる分、飛距離は出なく」なると書いてある。「無回転変形損失説」と呼ぼう。
手応えはどうなるのか。変形にエネルギーが使われる分軽くなるのか。或いは変わらないのか。それともなんらかの理由で重くなるのか。手応えについては書いてない。しかしバッターはマシンではないのだから、物理的、客観的な手応えが重かろうと軽かろうと、思ったより飛距離が出なかった場合に「手応え重かった」と錯覚するということは充分あり得るだろう。「飛距離が出なかったせいでキャッチャーの親指が腫れる」ことはあり得ないにせよ。
何故回転の少ない球はバットにへばりつくように変形するのか、も書いてない。本当だろうか。なんとなくありそうな気もするが、信じる理由もない。どういう根拠があるのかないのかもわからない。とりあえず、ひとつの仮説として敬意は払いたい。もしそういう現象があるとすれば、「ジャストミートしても重い球」と言うより、言わば「ジャストミートが不可能な球」だ。
ただ、『衝突の力学(仮説社/2005年/\2000)』の110ページにこういう記述がある。
ものはどうして跳ね返るかというと、(中略)衝突したときに跳ね返るものはみな、衝突した瞬間にとても大きな力を受けて、その部分がバネのように大きく縮むのです。そして、次の瞬間にそれが元の形にもどろうとします。そこで、床を押しつけて、その反動でとび出すのです。
スーパーボールであれパチンコ玉(鉄球)であれ、大きく変形した方がよく弾むのだと言う。変形にはたしかにエネルギーを使うが、使いっ放しで消えてなくなるわけではなく、バネのように一気に力を貯え、一気に解放することによって跳ね返る。だとすると変形損失説はちょっと怪しいかも知れない。
それと、変形すれば「変形にエネルギーが消費されるぶん飛距離にとってマイナス」だとしても、同時に「インパクト時間が長くなるぶん飛距離にとってプラス」になるような気がする。或る物体を或る力で1秒間押すのと5秒間押すのを比べれば、後者の方が仕事量は5倍だ(仕事量じゃなく、「力積」と呼ぶのかな)。バッティングの場合、バットの持つパワーはインパクト時間の間に急激に減衰する(つまりバットは急激に減速する)に違いないので、こんな単純計算通りにはいかないが、それでもインパクト時間が長くなればより多くの力を伝えられることは間違いない。それはバット側にもボール側にも言えることだが、バットとボールでは圧倒的な体格差があり、インパクト時間が長くなればバット側により有利だろう。いわゆる「バットに乗せて運ぶ」ってヤツで、「飛距離は出るが手応えも重く」なる・・・のかも知れない。それだとたぶん「腕力のあるバッターには有利」なのではないか。アデアは否定的なようだが、そういう可能性もあるかも知れない。要するにボールの変形の効果には、飛距離にとってプラスの面とマイナスの面の両方が考えられ、差し引き赤字か黒字かはわからない。
◆ ◆
そう言えば前々ページで、「回転の多い球は力のおよぶ面積が広く分散されるので手応えが軽くなる」という説を見た。「力のおよぶ面積が広く分散される」というのを「バットに当たった瞬間の変形が大きい」と読み変えると、「回転の多い球は変形が大きいためバネのように大きく弾むし、またインパクト時間も長くなるのでよく飛ぶ」という説になる。「回転変形バネ、アンド衝突時間延長説」と呼ぼうか。
「無回転変形損失説」と「回転変形バネ、アンド衝突時間延長説」は、言ってることが正反対なのに結論だけ同じなので、たぶんどっちかは間違ってると思われる。もちろん、両方間違ってるかも知れない。
ややこしくて何を書いているのか自分でもわからなくなってくるわけだが、えーと、形式的には、球の回転と変形量と飛距離をめぐる説は以下の四種があり得る。もしかするとこの中にひとつ、或いは複数の正しい説があるのかも知れないが、私にはわからない。
●回転の少ない球は飛びにくい説、二種
・回転の少ない球は変形が大きい。変形にエネルギーが使われる分、飛距離が出にくい。
・回転の少ない球は変形が小さい。縮みが小さい上にインパクト時間が短く、飛距離が出にくい。
●回転の少ない球はよく飛ぶ説、二種
・回転の少ない球は変形が大きい。縮みが大きい上にインパクト時間も長く、飛距離が出やすい。
・回転の少ない球は変形が小さい。変形にエネルギーを使わない分、飛距離が出やすい。
think back about heaviness and hardness:04
体感速度錯覚説
こうして考えているうちに、私も球の重さと回転の関係についてオリジナルの理論を発見してしまった。「回転の多い真っすぐは、別に『球質が軽い』わけではないが、『思ったより遅いのでミートすると軽く感じられる』という説だ。
◆ ◆
遅い球は弱い。つまり殺傷能力が低い。そっと投げたリンゴやそっと投げた灰皿は、それほど危険ではない。
遅くても打った時の手応えが軽くなるとは限らないが、それは球質で決まるのではなく、打ち方(或いは打たされ方)で決まる。打ち方を捨象して一般論を言えば、遅い球は手応えが軽い。「鋭い刃物はよく切れる」と言うようなものだ。実際によく切れるかどうかは使い方次第だが、一般論を言えば鋭い刃物の方がよく切れる。それと同じで、一般論を言えば、遅い球は手応えが軽い。止まってるボールが一番軽い。
回転の多い真っすぐは初速と終速の差が少なく、そのため実速以上に速く感じる。「実速より速く感じる」とは、すなわち「打者の感覚より実は遅い」ということだ。つまり体感上同じ速さなら、回転が多い方が実速は遅い。したがって手応えが軽い。したがって「球質が軽いと感じられる」のである。
この理屈で手応え軽かった場合、飛距離も出るのかというと、逆だ。出ない。ボールがバットを押す力が弱いからだ。そういう球は跳ね返る力も弱い。図を見れば明らかだろう。
●これが作用反作用の法則。
しかしながら、現にホームラン競争で投げる球なんて相当遅い。YouTubeで「ホームラン競争」で検索すればすぐ見つかる。あれがホームラン打ちやすいのだとすれば、少々遅くて「物理的に厳密に考えれば飛距離にとってマイナス」であったとしても全く関係ない。バッターの主観では「いやー、ピンポン球みたいに軽くて良く飛んだなー」、てなもんである。以上。
◆ ◆
以上でおしまいだが、いちおう数字を挙げて解説する。『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』によると、和田の真っすぐは極端にバックスピンが強く、その結果初速と終速の差が極端に少ないんだそうだ。P.181にこうある。
一部のスカウトやスコアラーの方が初速と終速の両方を計測しているのだが、その方たちの話を伝え聞いて驚いた。和田のストレートの秘密がここにある、と断言していい。平均的なプロ野球投手の初速と終速の差は10キロ前後であり、松坂大輔が七、八キロであるのに対し、和田はなんと四、五キロ(!)なのだと言う。
ある意味では(つまり、和田の130キロ台はなぜ打たれないのだろうか、という疑問の科学的解明のためには)この本の心臓と言うか中心と言うか中核というか、一番大事なところだ。それを「一部のスカウトやスコアラーの」「話を伝え聞いて」書いてるんだと言う。僭越ながらひとこと言いたい。
伝聞かよっ!!
せめて、そういうことを言っているスカウトなりスコアラーなりに実際に会って話を聞くとかはできなかったんだろうか。これでは夕刊フジによくある「関係者の話では」と変わらないではないか。ちょっと悲しい。悲しいが、仕方ない。私など、さらにその本を読んで引用してるだけなので、偉そうなことを言う資格はない。ないのに偉そうなことを言ってしまいました。すみません。とりあえずこの伝聞情報を事実だと仮定して先へ進む。
球速○○キロと言う場合、通常は初速を指す。和田毅の真っすぐが時速(つまり初速)138kmだとする。初速終速の差が「なんと四キロ」とすると、終速は134kmだ。これが「初速155kmくらいに感じる」と仮定する。この仮定には無理があるだろうか。そう思う人は『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』を読んでみてください。「和田の真っすぐはだれそれの150kmより速く感じる」みたいな証言がいくつも載っている。和田なんて大したPじゃないよ、と思ってる人には違和感あるかも知れないが、ここは打席に立つと155kmに感じると仮定する。「スピードガンでは138kmだった」と後で聞くとびっくりする。スピードガンではそうだったとしても、とにかく打席に立つと155kmに感じ、155kmを打つような感覚で振らないと合わせられない。「平均的なプロ野球投手の初速と終速の差は10キロ前後」だと言う。平均的な投手では155kmは投げられないだろうが、打者の感覚として、155kmを打つような感覚で振るということは「終速145kmの手応え」を予期するという感じだとする。ところがヒットしてみると手応えは終速134kmだ。案外軽い。「球質が軽い」のではなく、単に、「じつは遅い」のである。厳密には、和田の球はバックスピンが平均より強烈なので、そのぶん運動エネルギーは大きくなるハズだが、バックスピンが空気抵抗を低減させてもたらす速度錯覚効果に較べれば、バックスピン自体の持つ運動エネルギーの量は微々たるもの(勘で言ってます)なので、やっぱりそれを考慮に入れても、「和田の終速134km」は「終速145km」に較べれば軽いだろう。
逆に回転の少ない球は比較的に「遅く感じる」わけだから、バットを合わせてみると「意外に速く」、そのため「意外に重い」ことになる。打者だけじゃなく、キャッチャーの手応えも当然重い。「球質が重い」のではなく、「じつは速い」のだ。これでいわゆる「快速球と豪速球」が統一的に説明できるじゃないですか。快速球は『見た目にすっげえ速く感じる/じつは遅い』。逆に豪速球は『見た目に速く感じない/じつは速い』。「初速と終速の差が少ない球は速く感じる」というのがほんとだとしたら、以上の論理は成り立つと思う。
この理論と「バックスピンの効いた球は球威を感じさせる」という説を組み合わせると、「球威を感じる球の方が、ミートした時に軽く感じる」ということになる。これは一見奇妙な主張に思えるが、「速く感じるせいで、ミートしてみると案外遅い」「目で感じる『いわゆる体感速度』と手応えで感じる『実際の終速』に落差がある」という話であって、奇妙でもなんでもない(強いて言えば、目で感じる速度のことを「体感速度」と呼ぶわれわれの習慣がヘンだ。この場合「目感速度」とすべきかも知れない)。
◆ ◆
クルーンの160km/hについて聞かれた赤星は、「確かに速いけど実感としては(2003年の日本シリーズでの)ホークス杉内俊哉の方が速く感じた。杉内の球は『あっ』と思ったときはもうミットに収まってて、どうしようもない」、と語ったという。田淵幸一さんがラジオでそう言っていた。理由は田淵さんの解説によれば杉内のフォームが「最初にケツをボーンッとぶつけて来て、最後に手が遅れて出て来る」からだそうだ。
正直、自分は杉内のフォームを見ても「最初にケツをボーンッとぶつけて来る」というのがどうしてもピンと来ないんだが、仮にそうだとしよう。そして、最初にケツをボーンッとぶつけて来るフォームだと、実速より速く感じるんだとしよう。だとすれば杉内の球はうまくミートできた時には「軽く感じる」のではないか。どんな理由であれ「実態よりも速く感じられがちなピッチャー」というのがいれば、結果として「ジャストミートしたときにはなんか軽く感じる」ことになる。逆に「実態よりも遅く感じられがちなピッチャー」は「ジャストミートしたときには重く感じる」だろう。
追記:「『実速より速く感じる』とは、すなわち『実は遅い』ってことだ」、というロジックは本当に成り立つのだろうか。バックスピンの効いた球は空気抵抗による減速が少ないとしたら、それは「実は遅い」んじゃなくて、「予想よりも手元で速い」んじゃないか? だとすると体感速度錯覚説は根本的に間違っている、のかな。「ある投球に対面したときに打者がどんな予測をするか」というのは一般論では語れず、法則なんてものはないのかも知れない。
think back about heaviness and hardness:05
まとめ
以上、比較的まともそうな説を検討してみた。しかしどれも「バカバカしいとまでは言えない」がせいぜいで、「積極的に説得力ある」ようには思えない。ある日の天気予報が「バカバカしいとまでは言えな」かったとしても、だから当たってるハズだ、とは言えないだろう。
何故に多くの野球ファンが「重い球」の存在をばくぜんと信じているのか。いろいろあるだろうが、大きな理由は野球経験者の体験談だろう。プロや元プロから、電気ノコギリみたいにビリビリ来るんだぜとか、キャッチャーの親指が腫れるとか、靱帯を切るだの寒い日には顎まで痛むだのと聞けば、そうか重い球ってほんとうにあるんだ、と当然思う。現にあるのが明らかならば、原理なんてそんなに気にならないものだ。実際私は冷蔵庫が冷える原理を知らないが、特に気にせず使っている。何度か調べたこともあるけど、すぐ忘れた。冷えることはわかってるんだから、理屈なんかいいじゃないか。それと同じだ。実際に激しくジンジン痺れるんだったら、理屈なんか大した問題じゃないのである。その「ビリビリ来るんだぜ」という話を考えると、上に挙げた諸説はどれも、微妙過ぎるのではないか。仮にどれかがいくらか本当だとしても、所詮「いくらか」だろう。
バックスピンが反作用に加算されて飛距離が延びるとか、ある回転の球は打球にバックスピンがかかりやすいとか、回転する球は変形が小さいのでエネルギーが失われることなく打球に与えられるとかいう説はそれぞれ、それぞれの理由によって『飛距離』を説明する。これじゃ「ビリビリ来るんだぜ」なんて現象は、いっさい説明できない。
逆に、体感速度錯覚説は『手応え系』の説明だ。まあ、実際そういう効果があるのかも知れないが、この原理で「ビリビリ来る」までの激しい違いが現れるとは、ちょっと想像できない。
◆ ◆
というわけで、「回転の少ない球は重い」とか「キレ系の球は反発力が大きいので当たると飛ぶ」とか、それに限らず「ジャストミートしても重い球」というのは、心理的にはともかく、物理的には迷信だと思う。例えば「回転の少ない球は打者の手元で動くからミスショットしやすく、そのため重く感じることが多い」ならアリだろう。しかしそんなら「キレ系の球は初速と終速の差が少ない上に打者の手元でくんっと伸びるからミスショットしやすく、そのため重く感じることが多い」という理屈だって同様にアリだ。
田淵さんの解説によれば杉内のフォームは「最後に手が遅れて出て来るためものすごく速く感じる」のだという。仮に信じよう。だとすれば体感速度錯覚効果により、杉内の球をジャストミートできた時には「軽く感じる」ハズだ。しかしものすごく速く感じるため、実際にはミートがままならない。振り遅れて詰まってしまう。ツマると重く感じる。
すると、「杉内の球にはツマらされやすいので、その意味では重い。しかしジャストミートできた時には軽く感じる」ということになる。和田毅にも同じことが言えるかも知れない。ある意味では重いがある意味では軽い。わかりにくい話だが、そんなこともあるかも知れない。なにしろ野球というのは複雑なものだから。「重かった」とか「球威があった」と打者(や捕手)が言うなら、貴重な主観の証言として聞いておけばそれでいいと思う。打者にそう言わせた以上、なんらかの意味で威力があったんだから。