周辺的諸問題(いい回転/ジャイロ/球威)

marginal considerations

ここまでのあらすじ:強い垂直なバックスピンのかかった速球は、「後方乱気流による速度の減衰」が起きにくいのかも知れない。だとすれば、「初速と終速の差が少ない」球になるわけだ。かつ、そういう球はマグナス効果により、(そうでない球に比べて)「ホップする」のである。神々は神であると同時に詩人でもあるので、それを「キレ」とか「ノビ」とか表現するのかも知れない。神々は戦士でもあるので、「球威がある」といった勇壮な表現を用いることもある。のかも知れない。

「今日の○○君の真っすぐは、ノビもキレあるけど球威がいまひとつですね」なんてことを解説者が喋ってたらどうすんだ、というような問題は、まあその、いちいち気にせず無視すればいいのではないか。あらすじ終わり。
marginal considerations:01

いい回転とは何か

棒球とか死に球とかよく聞くけど、あれってなんのことだろうか。

●森中千香良さん wrote : 2005/9/29 thu. トーチュウ
川上でまた負けた。球宴後9試合目の先発だったが、勝ったのは2試合しかない。球威が落ち、それ以上に持ち味の気迫と粘りがなくなった。(中略)門倉に打たれた満塁の走者一掃の二塁打は145kmの速球だったが、球にキレがないから右中間フェンス直撃だ。それも腕をしっかり振った投球でないから、スピードは出ていても”死に球”だから救いようがない。

門倉に打たれた球はキレがなく、しかも死に球だった、と言う。すると世の中には「キレがないけど死んではいない球」というのも存在することになるが、一体それはどういう球なのか。

・・・と、言いたくなるところだが、そういうツッコミは屁理屈というものだ。謙虚に行こう。同じような意味の言葉を深く考えずに「しかも」でつなぐことは日常ふつうにある。あるでしょう。例えば何かを食べて「うわ、柔らかーい。それにふっくらしてるー」、だとか。「クリスピーでサクサクした食感」だとか。映画を見て「主演女優に魅力がない。しかもオーラまでないから救いようがない」とか。多少ヘンだとしても、ほんとに評論家はいい加減だと批判するほどのことではない。

ここでの目的はこの発言について論評することではなく、棒球とか死に球とかいうのはどういう意味か、だ。とりあえず「バックスピンが充分かかっていない真直ぐ」と理解しておくけど、違う、そうじゃないよ、という方は教えてください。「高めに抜けたフォーク」とかよく聞くけど、あれなんかも棒球なんだろうか。

◆ ◆

沖縄、北谷球場にて。取材に訪れたかつての速球王与田剛は落合監督に強制されて、福留孝介の打撃投手を務めた。福留語る:「与田さんはもう少し現役でやれたんじゃないんですか。いいボールが来てたもん。速い」。与田さんはトーチュウにこう書いて、福留の打撃の確実性を称賛している。「専門の打撃投手でない私の球はいい回転ではないのに、福留はきっちりシンでとらえていた」(トーチュウ:2006/02/04)
北谷球場でのフリー打撃でルーキー金剛弘樹と対戦した福留孝介のコメント:「重たい真っすぐで、いい回転をしていた。バットから伝わってきた。打者に向かってくる迫力もあるよね」(トーチュウ:2005/02/11)

いい回転とか素直な回転というのが何を指すのか、これもわからない。与田さんは間違いなく「いい回転の方が打ちやすい」と考えているようだが、福留は金剛の真直ぐを「いい回転をしていた」と言う。金剛はバッティングPじゃなくて期待のルーキーなんだから、これが褒めてるつもりだとすると、打ちにくいということだろう。なんだかさっぱりわからない。

◆ ◆

「角度」というのもわからない。

●「与田剛の剛球一閃」 | トーチュウ | 2006年5月29日付 |
(交流戦、ドラゴンズ対ホークス。ドラゴンズの先発小笠原孝の投球は初回は真直ぐ主体だったがいまいち。二回以降は真直ぐを見せダマにし、変化球主体に切り替えたのがハマった) カーブとスライダーが外のいいコースに決まり始め、ソフトバンクのほとんどの左打者は、ボールが小笠原の手を離れた瞬間から腰が引けたような状態に。そしてイニングを重ねるごとにストレートの威力と角度までよくなってきた。1失点完投という結果は当然とも言える投球だった。

長身のピッチャーは角度があって打ちにくい、と言うならなんとなくわかるが、回を重ねるごとに角度がよくなっていくとは何のことを言ってるのか。腕を振る軌跡が初回はスリークォーター気味だったがだんだん高くなった、ということだろうか。それとも逆に、左投げの小笠原がだんだん横手っぽくしたので左打者はいっそう腰が引けた、という話なのか。あるいはいわゆる「対角線方向」とでも言うのだろうか、左オーバーハンドの場合で言うと左打者の外角低め(右打者の内角低め)、そこへズバズバ決まるようになった、という話なのか。だとしたら「イニングを重ねるごとに角度までよくなってきた」なんて書く代わりに「イニングを重ねるごとにコーナーギリギリに決まるようになった」と書いた方がいいと思うんだが。

あるいは全く違う意味があるのか。あるいは全く意味ないのか。ドラゴンズファンである私が与田さんや福留さんをどんなに尊敬しているか言葉では表現できないくらいだが、与田さんや福留さんの言う「いい回転」や「いい角度」という話は、今んとこ正直言って、ぜんぜん信用してない。だってなんかアヤシイんだもん。

2007年5月8日の日ハム 戦で、ソフトバンクの杉内が7-0 の完封勝利を挙げた。翌日の朝日新聞に、日ハムのヒルマン監督のコメントが載っていた。「打ちあぐねるには理由がある。杉内はキレがあり、角度もよかった」。英語でなんと言ったんでしょうね。「 内角(interior angle)外角(exterior angle)のキビシイところにによく決まっていた」と述べたのを、つまり「コントロールがよかった」と訳すべき発言が、「角度がよかった」と「誤訳」されたんじゃないだろうか。今のところそう疑っている。

◆ ◆

松坂は世界一への「切り札」を持っていた。ハワイの青空のもとで、早くも立ち投げによる投球練習を開始。チェンジアップやスライダーに織り交ぜて“あるボール”も投げている。松坂:「ツーシームです。日本よりも滑りやすい革の質がしっくりくるというか、投げやすい。日本の試合で使ったことはないし、今後も投げるつもりはない。でも、WBCでは有効なボールだと思います」

昨年12月からWBCで使用するローリングス社製の大リーグ公認球でキャッチボールを始めたところ、日本のボールとの革の質の違いに驚いた。そして、日本の球では効果が感じられなかった「ツーシーム・ファスト・ボール」が抜群の切れ味で投げられることが分かった。打者の手元で微妙に変化するストレート系の球で、ヤンキース松井が大リーグ挑戦1年目に苦しめられた球として知られている。素直な回転の直球なら難なくはじき返す大リーガーも、150キロ前後のツーシームにはてこずるに違いない。松坂は「僕の手の大きさでも問題なく投げられる球ですから」と、短期間での習得に自信をのぞかせた。(ニッカンスポーツ:2006/01/15)

「微妙」なのに「鋭い変化」ってどういうことだ。変化量が小さくて変化速度は速い、というようなことだろうか。革が違うということだが、「日本は牛で向こうは馬なんですよ」と佐々木主浩が語ってたような気がする。逆だったかも。アデアは馬革でも牛革でも空気抵抗に大差はない、と書いている(『ベースボールの物理学』p17)が、少しはあるということか。あるいは、空気抵抗に大差はなくとも指先との摩擦抵抗に驚くほど違いがある、ということかも知れない。

◆ ◆

余談だが、「ツーシーム」と聞いて「ツーシーム・ジャイロ」の略かと思った人は気を付けた方がいいですよ。この話は「ジャイロボール」と何の関係もない。「ツーシーム・ファスト・ボール」とある通り、「ツーシームの真っすぐ」のこと。直球にはバックスピンがかかっているわけだが、普通はそのスピンの回転軌道上に、4つの縫い目(4 seam)が並ぶように投げる。つまりそういう向きに握って投げる。ツーシームというのは「回転軌道上に縫い目が2つしかない」真直ぐだ。つまりそういう向きに握って投げるストレート。縫い目の出現回数が少ないというだけでなく、フォーシームならほぼ90度ずつ均等の位置に4つ並ぶが、ツーシームの場合は配置が非対称に偏る(下図)。そのことが空気抵抗に微妙な影響をもたらす。どんな影響かと言うと、ほんとうのところ、ロバート・アデアにも姫野龍太郎にも、完全にはわかっていないと思う。飛行機が何故飛ぶかも、カーブが何故曲がるかも、未だによくわかってはいないのだ

●一塁側から見た側面図。縫い目の位置に点を付けてみました。
●打者から見た正面図。むちゃくちゃ苦労したぜ。ちなみにアデアによると、初速157km/hの速球がホームプレートに達するのは投げてから0.4秒後(p40)で、典型的な4シーム・ファスト・ボールは毎秒25回転程度、つまりその間に約10回転する(p47)らしい。

アデアは、ツルツルのボールはでこぼこのボールより(意外だが)大きな空気抵抗を受ける(ゴルフボールにわざわざ凹凸が付けてあるのは抵抗低減のためだ)、と述べている(p15-17)。そして2シームの方が気流に対して比較的ツルツルと言えるので空気抵抗が大きい、と述べ(p51)、続けて、マグナス力は空気抵抗に起因する力なので空気抵抗が大きい方が効く、したがって4シームで投げた方が(空気抵抗が小さいので)ホップの度合は小さい(p52)と述べる。

しかしなぜかその直後、同じページに「比較的マグナス力を生じにくい回転軸」はたぶん2シームの方だ、そして2シームを投げる投手は2シームの特徴をより発揮させるために、縫い目に指をかけず、あまりスピンがかからないように投げるはずだ、と書いている。何を言ってるのかよくわからない。

◆ ◆

開幕好スタートが切れたのは、松井が、03年シーズン後に行った学習の成果でもあった。メジャーでは素直な回転の真っ直ぐを投げる投手は少ない。ストレートの球速を保ちながらも打者の手元でボールが微妙に変化する。それに、より良く対応すべく、忙しいオフの間に、シーズン中のほぼ全打席のビデオテープを彼は見直したという。相手投手の配球、球筋を再確認し脳に焼き付け直したのだ。(松井秀喜熱烈応援サイトmatsui.221616.com:2004.11.09 by Takao Kondou)
阪神2軍キャンプに参加している辻本賢人投手(17)が5日、フリー打撃に登板。計54球を投げ、安打性の当たりを4本に抑えた。首脳陣も高評価。(中略) 対戦した2人、大橋と前田(大)のコメントに共通しているのが、「ストレートが動く(微妙に変化する)」ということ。こういうボールを持っているのは、さすがアメリカから来た選手だなあ、という印象ですね。阪神のピッチャーは素直な回転のストレートを投げる投手が多いですから、こういった辻本のようなピッチャーはアクセントになるかもしれません。(強虎の足跡/第245歩;2006/02/06)

これらの「素直な回転」も「4シーム」を指しているように読めるが、どうなんだろ。松坂は2シームについて「日本の球では効果が感じられなかった」と言っているが、辻本は日本の球で投げても「ストレートが動く」らしい。そうなのか。まあとりあえず資料として貼っておく。

さらに余談だが「半直球」という言葉もありますね。半直球とはなんだろう。

●「黒江透修のKey point」 | トーチュウ | 2007年6月17日付 |
勝つには勝ったが、川上本来の投球が、なかなか戻らない。この日も球威の不足は明らかだった。7回、高橋に本塁打されたのはシュート。この球は、勢いがないと、いわゆる半速球という球になり、打者からすれば、最も打ちやすい球になる。

なんだかわからないが妙にチャーミングな言葉だ。

marginal considerations:02

ジャイロボールとは何か

 GYRO(ギロ)と呼ばれるギリシャ料理の写真

この写真は GYRO(ギロ)と呼ばれるギリシャ料理。薄切り肉を串に刺し、ミルクレープのように積み重ねた肉の塔を、くるくる回しながら焼き、外側からすこしずつ削ぎ切りにして食べる。不思議な調理法に思えるが、考えてみれば焼き肉でも焼き魚でも「この、表面の焦げたとこだけ集めて食えたら最高だろうな」とか思うことはあるので、「焼けた表面だけその都度食べる」というのはそういう意味で素晴らしいアイデアのような気も、しないでもない。この調理法は隣国トルコではドネルケバブと呼ばれていて、日本では(世界的にも)その名前の方が有名だろう。ケバブは焼き肉のことで、ドネルは「回す」の意味。ギリシャ語の「ギロ」も「Round」あるいは「Around」の意味で、これが英語の「Gyro」の語源らしい。英語圏では「ジャイロ」と発音される。

ジャイロ効果とは「回転する物体が回転軸の方向を保とうとする性質」のことで、コマをはじめ、回転する物体一般に作用する。地球は大陽の周りを公転しているが、地軸(自転軸)は常に少し傾いている。その傾きを、つねに保っている。すなわちそれが「ジャイロ効果によって」だ。ちょっと違うかも知れないが、大体合ってるだろう。

野球でジャイロボールと言ったら回転軸が飛ぶ方向と一致した、キリ揉み状、スクリュー状の回転をする球のことで、ラグビーのロングパスとか、バトミントンのシャトルとかの回転をイメージすればわかりやすい。或いはドネルケバブとか。ただし、「一般に、進行方向を軸にしたスクリュー状の回転のことをジャイロ回転と呼ぶ」と考えるのは間違い。そんな解釈が存在するとしても、それは野球界だけだ。地球の自転軸が進行方向とぜんぜん一致していないことを考えればわかるだろう。

「ジャイロボールはジャイロ効果によって空気抵抗が少ない」という説明もよく見るけど、ウソです。ジャイロ効果は空気抵抗とはぜんぜん関係ない。仮にキリ揉み状の回転の球の空気抵抗が少ないとしたら、それはジャイロ効果ではなく、何か別の理由だ。また、ジャイロボールというネーミングは「ジャイロ効果が作用するボール」を想像させるが、ジャイロ効果はストレートにもカーブにもシュートにもそれぞれ作用するのであって、べつにスクリュー状の回転に特有の効果ではない。

スクリュー状の回転の球には「マグナス効果によるホップ」はない。しかし「回転による空気抵抗の低減」はあるのかも知れない。だとすると「キレはあるけどノビがない球」ということになる。バックスピンストレートとはちょっと違う球質で、打者を幻惑する効果があるのかも知れない。そういう可能性はある。

◆ ◆

ラグビーではスクリュー状の回転を与える投球を「スクリューパス」と呼ぶらしい。野球でも「スクリューボール」と呼べば無用な誤解が防げたハズだが、ご存じのように野球界ではその言葉は「左投手が投げるシンカー」というような意味(よく知らないけど)で、すでに定着していた。そこで手塚一志氏は1995年、スクリュー状の回転をする球を「ジャイロボール」と命名したのである。ただ、これがジャイロボールの特異な点なのだが、発見してから命名したのではない。なんと、存在が確認される前に命名されたのだ。

すべての球種はまず、固有の特徴を持つ球の存在が認識され、その後で命名される。例えて言えば「ウチワのような耳と巨大な牙と自在に動く長い鼻を持ちパオーンと鳴くめちゃめちゃデカい生物」を発見して「ゾウ」と名付ける、という具合に。しかし、ジャイロボールだけは違う。1995年の春、手塚一志氏は原宿キディ・ランドで「エックス・ジャイロ(X-gyro )」というおもちゃに出会い、そのおもしろさにハマるうちに「野球でもこういう回転の球ってアリじゃないか」と思いついたのだと言う。手塚氏自身が『魔球の正体』の冒頭にそう書いている。

まず思い付き、次に命名され、その後、探した(あるいは投げてみた)と。例えて言えば「巨大なヘビの体とワシの爪と獅子の頭を持った生物を想像してドラゴンと命名し、それから探した、というような感じ。まあファンタジーの部類だと考えていい。「そんな解釈が存在するのは野球界だけ」と書いたが、もっと言うならば日本野球界だけだし、さらに言えば手塚信者の間だけだ。

▼2007年2月追記:このあたり、松坂大輔のメジャー入り後はちょっと事情が変わって来た。現在「マツザカはジャイロボールとかいう魔球を投げるという噂があるが、ジャイロボールってなんだ」というような報道がアメリカで流行り、ジャイロボールについて訊かれるといつもニヤニヤするばかり、という松坂自身の「神秘的な」態度も効果を発揮して話題が加速、それが逆輸入されるカタチで日本でもジャイロボールの話題が軽く盛り上がっている。

TBSの「ブロードキャスター」というニュース番組では「エックス・ジャイロというおもちゃもジャイロボールの原理を応用している」と説明していた。バカ丸出しだ。いい加減なことを言うんじゃない。正しくは「ジャイロボールという言葉はエックス・ジャイロというおもちゃの名前を応用している」だ。ジャイロボールを語るなら『魔球の正体』くらい読め。追記終わり。


「エックス・ジャイロ」は茶筒の胴体を短く切ったようなカタチをしており、投げるときに進行方向を軸にしたスクリュー状の回転を与える。その回転のジャイロ効果によって筒の方向を保つ。スクリューパスで投げたラグビーボールが長軸の方向を保つのと同じ原理だ。「エックス・ジャイロ」がジャイロを名乗るのはもっともだと言える。一方、手塚氏が名付けた「ジャイロボール」はジャイロ効果と特別関係なく(もちろん『ジャイロボール』にもジャイロ効果は働くが、『ジャイロボール』にだけ働くわけではない。バックスピンストレートにもカーブにもスライダーにもシュートにも同様に働く。自転する地球にも)、単に「エックス・ジャイロというおもちゃと回転方向が同じ」というだけの話である。ジャイロボールはエックス・ジャイロというおもちゃの名前を応用しているが、べつに原理は応用していない。『魔球の正体』を読む限り手塚氏はそう思ってないようだが、私はそう思う。

ジャイロボールという言葉はなんとなく響きが神秘的で、カッコイイ。そこが非常に重要だ。かつて「ロマネ・コンティの魅力を一言で」と訊かれた開高健が「名前の響き」だと即答したという話(ほんとかどうか知らない)があるが、それと同じだ。『魔球の正体』の巻末の用語集に、手塚氏の「独自に開発した専門用語」がたくさん載っているが、「エッジング」とか「ステイバック」とか「ヒップファースト」とか「スクラッチモーション」とか「Cアーチ」とか「うねり上げ(ループモーション)」とか「ダブルスピン」とか「スパイラルリリース」とか「フローティング・アクシス・スピニング」などなどなど、どれもなんとなく響きが少年漫画ふうでロマンチックでカッコイイのである。これに吸引される少年の気持はよくわかる。

これら多くの語を、「独自に開発した専門用語」と、手塚氏自身が呼ぶ。ふつう専門用語というのは、立場も意見もさまざまな専門家の間で共通に通用する、言わば「確立された」語のことを言うのではないか。私は手塚さんの本を徹底的に読み込んだわけではないので失礼とは思うが、独自に開発して独自の世界でしか通用しない語を独自に「専門用語」と呼ぶセンスには、ちょっと怪しいものを感じてしまう。言い過ぎだろうか。

◆ ◆

ただ、ファンタジーの部類とは言っても、そういう回転の球が存在しないという意味ではない。少なくとも「ジャイロっぽい回転をする球」というものは、現にナチュラルに存在する。仮に下図のように、ピッチャーとホームベースを水平に結ぶ直線を「X方向」、それと直交する水平な直線を「Y方向」、地面に垂直な直線を「Z方向」と呼び、

X方向を軸に回転する球を「理想ジャイロボール」、
Y方向を軸に逆回転する球を「理想ストレート」、
Y方向を軸に順回転(ドライブ回転、或いはオーバースピン)する球を「理想ドロップ、」
Z方向を軸にヘリコプター状に回転する球を「理想スライダー(または理想シュート)」と呼ぶことにしよう。(ここで「理想」というのは「理念上想定し得る単純化されたモデル」という意味で、べつに「一番スバラシイ」という意味ではない)(右投手の投げるジャイロボールというのが打者から見て時計回りなのか反時計回りなのか興味があるんだけど、知らない。上の図では反時計回りに描いたけど、根拠は何もない)

落合英二理想ストレートはけっこう実在すると思うが、理想スライダーとか理想シュートなんてものはまず有り得ない。現実の投手が投げるスライダーやシュートは、XYZの中間の、多少なりとも斜めの回転軸を持つ。スライダーやシュートの回転軸はもともと多少はX方向にも傾いており、つまり「もともと多少はジャイロっぽい」のである。理想スライダーが存在しないからと言って「スライダーなんてものは存在しない」ということにはならないのだから、多少ジャイロっぽい球が存在する以上、ジャイロボールは存在すると言っていい。かんたんに言えば、大抵のスライダーはスライダーであると同時にジャイロボールでもある。

野球選手のリリース直後の手の平が極端に外側に向くのをよく見る。イチローなんかもキャッチボールでよくそんな投げ方をしている。もしかしてあれがスパイラル・リリースとかダブルスピンとかってヤツですか。写真は2006年3月29日、ウェスタンリーグ阪神戦での落合英二。これもずいぶん外向きにひねってるように見えるけど、これ真直ぐですか、シュートですか。わかる人は教えてください。

ジャイロボールは空気抵抗がきわめて少ないと言われる。真偽は不明だが、なんかそう言われれば実になんとなくそんな感じがするではないか。しかしジャイロボールは縫い目の方向との絡みで物凄く多様な種類があるんだそうで、私の能力では深くは語れない。手塚一志さんの「上達屋」には、2シームジャイロ(非対称ジャイロ)は空気抵抗がきわめて少ないどころか、「あらゆる縫い目と方向性の中でもっとも空気抵抗が大きい」と書いてある。本当だろうか。姫野龍太郎さんは、松坂大輔の「落ちるスライダー」が非対称ジャイロだと述べている。

◆ ◆

渡辺俊介ところで、サイドスローやアンダースローの投げるストレートは「垂直なバックスピン」なのか? ソフトボールの場合はどうなのか。どうなんでしょうね。中日ドラゴンズ鈴木義広やロッテマリナーズ渡辺俊介の投げる「真っすぐ」は、ふつうに「シュート」のように見えるけど、自信はない。手塚一志さんによると渡辺俊介の「いわゆるストレート」は、じつはジャイロボールで、速いのと遅いのと二種類あり、速い方は4シーム(縫い目が対称)ジャイロ、遅い方は2シーム(縫い目が非対称)ジャイロだそうだ。「渡辺俊介のストレートの回転軸は、XかYかZかと言ったらYに近い」という意味だと思うが、本当だろうか。ボールを持って実際にこのフォームやって見ると、たしかにちょっとそんな気もして来るが、素人である私にはいまいちよくわからない。

◆ ◆

手塚理論の存在を初めて知ったころは軽く考えてたんだが、十代男子を中心に手塚信者の数は私などが思うよりも遥かに多いらしい。野球少年の集う掲示板とか見てると怖ろしいほどだ。じつはさいきんアクセスログを見たら、「ジャイロボール」を含む検索語でここに来る人が案外いることを知った。ううむ。

少年よ、たしかに「ジャイロボール」という言葉のひびきはかっこいいが、それに私はシロートだが、茂野吾郎の投げるジャイロボールが究極のストレートだ、とか本気で思ってる人は、考え直した方がいいと思うぞ。あれは、マンガだ。

●江藤省三の[新]野球教室

【質問】中学2年の硬式のピッチャーです。僕のボールはみんながジャイロ回転と言います。ジャイロボールはどんな効果があるのですか。教えてください。

【答え】以前にも同じ質問が来ましたが、私は見たことありません。日本ハムやダイエーでトレーニングコーチを務めたTコーチが、10年くらい前に発表して話題になりました。しかし、いまだに投げた人はいないでしょう。劇画の世界のことじゃないですか。私も以前、読んだことがありますが、ボールがピストルの球のように回転するそうですね。(中略)特徴は空気抵抗が少ない完ペキなストレートとあり、初速と終速が同じとあります。君のストレートはこれですか? 友達が言っているのは、スライダーかシュート回転していると言っているのです。投げ方が間違っています。変な言葉に惑わされていると君の投手生命は中学で終わってしまいますよ。正しい握り方を覚えてください(以下、きちんと真ん中を握りなさい、との講釈)。
| 2006/02/22/トーチュウより | 江藤さんへのへの質問はこちらのアドレスまで |

手塚一志と書けばいいところを、なんで「T」だなんてぼかすのだろうか。それはそれとして、ジャイロボールについての江藤さんの理解はいささか偏ったもののように見えるが、それでも大筋では、私は江藤さんに賛成だ。だいたい、自分の目でスゴイ球を見て「あれをボクも投げてみたい」という話ならわかるが、ジャイロボールを投げたいという少年のほとんどは凄いジャイロボールを見たわけでも体感したわけでもなく、言葉のひびきに吸引されてるだけじゃないか。そういうのは「自分のアタマで考えている」とは言わない。「凄いジャイロボール」って一体どんな球なんだ。見たことある人間はいるのか。「だれそれの球を超高速カメラで解析したらたしかにジャイロ回転だった」みたいな話はよく聞くが、「それがむちゃくちゃスゴイ球なんで、惚れた」とか「ヤツの球には圧倒されたぜ。見たことのない球だった。ジャイロボール? へえ、そう呼ぶのかい」なんて話は全く聞いたことがない。漫画以外では。ちなみに、ジャイロボールのサインはあるのか、と記者に聞かれた松坂大輔は笑って「あるわけないでしょ」と即答した。

▼2009年4月追記:自分の目でスゴイ球を見て「あれをボクも投げてみたい」という話ならわかるが、ジャイロボールを投げたいという少年のほとんどは凄いジャイロボールを見たわけでも体感したわけでもないんだろ、と、思っていたんだが、どうやら自分の目でスゴイ球を見た少年が「あれがジャイロボールに違いない。あれをボクも投げてみたい」と考えるパターンが多いらしい。困惑するなー。

もちろん手塚氏はいいこともたくさん言ってるんだろうけど、どうも「変な言葉に惑わされている」だけの少年が増殖してる気配を感じる。まあ、杞憂であって欲しいが。ちなみに松坂ジャイロフィーバー絡みで、アデアの見解がトーチュウに載ってるのでいちおう記録しておく。どうも、松坂の落ちるスライダーがジャイロボールだ、という姫野さんの見解に近いようだ。

「そのようなボールはカットファストボールのような変化で、なおかつ沈むはずだ。空気抵抗を受けにくくて打者の手元で伸びる、なんて話はナンセンス」「私が思うに、それはチェンジアップだ」と、エール大学教授、ロバート・K・アデア氏はワシントンポスト紙に語った。
| 2006/12/25/トーチュウより |

(サーバーのアクセスログを見ると、2005年現在、検索サイト経由でうちに流れ着く人のうち、もっとも多い検索語は「藤川球児 ジャイロボール」らしい。驚きだ。私の意見では藤川球児(と中里篤史)こそはまさに典型的な「強烈なバックスピン」のピッチャーであって、ジャイロボールなんてぜんぜん関係ないと思う)

◆ ◆

▼追記:その後「一生懸命!!」というブログのこういう記事に出会い、勉強になりました。特に「子供たちにジャイロボールを教え込むと、送球がワンバウンドになったとき変な方向に跳ね返るので野手としては危険」という体験談は目からウロコだ。

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▼追記:「『それがむちゃくちゃスゴイ球なんで、惚れた』なんて話は全く聞いたことがない」と書いたが、その後「一生懸命!!」さん経由で、「教えて!goo」のこういうQ&Aの存在を知ったので記録しておく。

質問:ジャイロボールとはいったいどのようなものなのでしょうか??ご存知の方教えてくださいお願いします。[ 質問投稿日時:01/05/29 23:08 ]

解答:(良解答20pt)自分は実際にジャイロボールを受けました。あれはすごいです。
まだ1年なのですが、いっしょに野球部に入ってきた投手の中にジャイロボールを投げる奴がいました。そいつは投手なのですが、MAX120kmという大学野球レベルではかなりのスローボール投手である事を悩んでいました。
そして140kmを投げる自分に「どうやったら球速が上がる?」と相談をもちかけてきました。自分はそんなに遅いのか?と思い、そいつの球を受けてみる事にしました。
そして実際に受けてみると・・・。「ギュオォォォォォー」と唸りをあげて突き進んでくるジャイロボールでした。たかだが120kmのボールですが、自分は取る事で精一杯でした。何度やっても目をそらして逃げ腰で受けてしまいました。
何故ジャイロボールである事が分かったのかというと、自分が「ジャイロでは?」と疑い、そいつに軽く80km位で投げてもらい、ボールの回転方向を集中して見た結果、ドリルのようなスクリュー回転でした。
ジャイロボールというのは限りなく一直線に突き進んできます。
普通のバックスピンのストレートが130kmで放たれたならばホームベース上を通る時には115km程度まで減速しています。しかしジャイロボールが130kmで放たれたならば127kmまでしか減速しないのです。
だから普通のストレートを見慣れている我々がジャイロを見ると、だんだん球速が上がってきながらホップするように見えてしまいます。
[ 回答日時:01/05/30 12:50 ]

なんだこりゃ・・・ネタじゃないかなー。[ 回答日時:01/05/30 12:50 ] は 2001年5月30日のことだろう。「まだ1年」とある。するとそいつの凄さを知ってから、最大でもまだ2ヶ月しか経ってない時点で書いたわけだ。そんなら現在進行形で興奮して「いるんですよ!!!オレの同級生で!!!」とか書きそうなものだが。「いました」って、なぜ過去形なんだろう。

スピードガンでは遅いのに、対面するとギュオォォォォォーと唸りをあげて球速を増しながらホップする。何度やってもキャッチャーが逃げ腰になる。そんな球を投げる1年生ピッチャーが入って来たら、初めて投げた当日から部内の話題をさらうこと間違いなしだ。なぜ、この回答者以外誰もそれに気付かないのだろうか。

大学1年の5月にそんな球を投げるなら、高校時代になぜ話題にならなかったのか。そのピッチャーはその後どうなったのか。大学1年にして140km を叩き出すこの回答者自身は、その後どうなったのか。これが作り話でないとすれば、妄想だと思う。

2001年5月に1年だったなら、順調にいけば2004に4年生か。2004年秋のドラフトと言えばダルビッシュで有名だが、ちなみに大学生投手の指名は下記の15名。作り話でも妄想でもないとしたら、この中にいるのかも知れない。この中に、高校までは球速が MAX120km で無名で、現在はギュオォォォォォーと唸りをあげて球速を増しながらホップする球を投げる投手がいるのかどうか、興味ある人は調べてください。投手を2人以上指名された大学は見当たらないので、そのジャイロボーラーか回答者自身か、少なくとも一方は指名されなかったのだろう。
楽天:
一場靖弘(明大)
中日:
中田賢一(北九州市大)
鈴木義広(中部大)
西武:
山岸穣(青学大)
ヤク:
松岡健一(九州東海大)
ダイ:
高橋秀聡(九州共立大)
巨人:
三木均(八戸大)
ハム:
菊地和正(上武大)
広島:
森跳二(関西外大)
小島紳二郎(国士大)
梅津智弘(国学大)
横浜:
染田賢作(同大)
那須野巧(日大)
岸本秀樹(近大)
松家卓弘(東大)
marginal considerations:04

球威とは何か

英辞郎で「球威」を引くと、「velocity of pitching 」と出る。「velocity」を引くと「速さ、速度」と出る。英語には「球威」という神秘的な概念は存在しないらしい。まさに「球威とは単純に球速のこと」という牛島説の通りだ。

しかしほんとうに球速だけなのか。みなさん球場で、或いはテレビで野球見てて、例えば藤川球児を見て、うはぁ、今の真っすぐは凄い、素晴らしい、スピードだけじゃなくてなんかこう、ズバーンッと、ビュンッと、キターッ! 威力を感じたッ!!!、とか、思ったことあるんじゃないですか。あるとしたら、それはどういう時ですか。

◆ ◆

私の理解では、人が球威を感じるケースの第一は、何と言っても速いことが大前提だが、速い上にバックスピンが効いて、ノビなりキレなりを感じる場合だ。逆に球威を感じないのは、初速と終速の差が大きく(キレがない)、「お辞儀をする」(ノビがない)球だ。川上憲伸の言う「通用しない147キロより球威のある143キロ」とは、たぶんこのことだろう。この意味では球威とは要するに「球速+バックスピン」だと言える。そして第二は、(奇妙な話だが)「速いのにキレがない」球である。

2005年阪神タイガースのいわゆるJFKコンビについて、「藤川球児の球はキレがあってピュッと来る感じ/それに対して久保田智之の球はズドーンッと来ていかにも重そうな感じ」「藤川の球は鞭(ムチ)/久保田の球は鉈(ナタ)」みたいな声をよく聞く。実際テレビで見ててもそういう印象を受ける。ボルゾイみたいな藤川とブルドッグみたいな久保田という風貌の違いも大きいと思うが、球自体にも理由があるとすればそれは何だろうか。藤川の球はキレがあってピュッと来る。それに対して久保田の球はキレがないのに速い。「パワー使って投げてるから球質が重い」なんて話はナンセンスだが、「なんとなく重そうな感じがする」のはアリだと思う。実際に速いけど、その速さが藤川のとは明らかに異質、どう異質かと聞かれれば、「うーん、藤川のはキレがあってピュッと来るんですよ、久保田ですか? だからあ、キレはあんまり感じないと言うか、『ピュッと来ない』って言うか、なんかこう、ズドーンって言うか、重そうと言うか・・・」みたいなことになる。で、その重そうな球を見るとどうしても、「球威がある」と言いたくなる。

だって、見た目になんとなく重そうな感じがする上に、ミートしてみると少なくとも体感速度錯覚効果により(他の効果も何かあるのかも知れないが)、実際に手応え重く感じる(想像)。こうなると「やっぱり回転の少ない球は重いんだ」と、言えなくもないし、「球威がある」と言いたくなっても当然ではないか。「体感速度錯覚効果」については後述する。

だとすると、「球威を感じる球」はふたつの、まるで正反対の意味を持っていることになる。

球威のある球】キュウ-イ-ノ-アル-タマ
1:速くてキレがある球。
2:速くてキレがない球。というか、キレがないのに速い球。

ひとつの言葉が正反対のふたつの特徴を意味するというのは一見奇妙なことだし、よく考えてもやっぱり奇妙だ。藤川と久保田を比べて、一体どっちが球威があるということになるのか。おかしいじゃないか。と、そう言いたい気持ちもわかる。しかしそれは「オードリー・ヘップバーンとマリリン・モンローはどっちが魅力的か」と訊くようなものだ。現に藤川は藤川なりの、久保田は久保田なりの威力のある真っすぐを投げるんだから、仕方ない。さらに和田毅の真直ぐは「遅くてキレがある」らしいから、ほんとうに野球というものは複雑だ。何をもって威力と感じるかは人それぞれだし、場合にもよる。野球好きなら誰でも知ってる通り、野球というのは複雑で奇妙なものなのである。

512:燃えよ名無しさん 投稿日:2007/08/19(日) 18:33:10 ID:usuvUaNM0
プロ野球の投手に一番必要なのは、制球やキレ以上に相手を圧倒する球威。
それがあれば他がダメでもある程度は勝てるもんなんだよ。

534:燃えよ名無しさん 投稿日:2007/08/19(日) 18:34:54 ID:YMkjK8Do0
>>512
MAX130数キロでも球威があればなんとかなるしな

これの出典はある日の中日ドラゴンズ実況掲示板。ここで言われている球威とはなんのことか、百遍読んでるうちにひとつ思いついた。この場合『自信と気合』という意味かも知れない。ピッチャーにとって自信は大事だし、気合も大事だしね。合理的な解釈は他に思いつかない。まあ、あまりいちいち気にしない方がいいのかも知れない。

marginal considerations:03

球威と重さと超能力

上に述べた「球威」は、(自信と気合はともかくとして)基本的に「当てにくさ」の話だ。そうじゃなくて正味の物理的なパワーというか、「ミートされてなおバットを圧倒する球威」についてはどうだろうか。「完全にワシの力負けですわ」とか「打った瞬間はイッタかと思いましたけどねえ。案外伸びませんでしたねえ。球にチカラがあったんですねえ」とか「球威がバットを圧倒」とかしょっちゅう聞くし、「バットを折られると本当にバッターというのはショックを受けるんですよ、力で負けたっていう実感があって」とか本気で言う解説者も多い。あれらは「バットを圧倒する球威」のことではないのか。いや、「球速だけでは説明できない球の重さ」のことなのか。あまり指摘されないが、「球威」と「球の重さ」はよく似ている。もしかしてそのふたつは同じ意味なんだろうか。

とにかく、そういう現象があるというのは我々の住む世界の常識のように扱われている。しかし、理科の教科書には載っていない。ロバート・アデアも姫野龍太郎も、私の知る限り触れていない。野球の物理学のうち、球速とか空気抵抗、慣性モーメントだの角運動量だの反発係数だのと言った話題は教科書で扱えるだろうが、「球威」「球の重さ」は無視される。朝日新聞や日経新聞にはボクシングの試合結果は載るが、プロレスはふつう無視される、あれと同じだ。

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公式には無視されると言えば、プロレスと並んで「超能力」というのもありますね。超能力を定義するのはむずかしい。例えば誰かが座禅を組んだ姿勢で空中浮遊できるとしたら、紛れもなく超能力でしょう。英語で言うと「supernatural power」。しかし、もしその能力の存在が実験によって完全に確認され、メカニズムが解明され、訓練方法も体系化され、空中浮遊能力が自転車に乗る能力と同じ程度に一般的になったらどうか。そんなことになったら超能力じゃなくて単なる能力、supernatural じゃなくて natural だ。誰も超能力なんて呼ばないだろう。超能力というのは微妙でアヤシイからこそ超能力なわけで、「疑問の余地のない超能力」なんてものは、もはや超能力ではない。

「球の重さ」も似たようなもので、あまり白日のもとに晒すべき問題じゃないような気もする。しかし超能力について本気で考える人は、古今東西否定派懐疑派肯定派信仰派取り混ぜて、ずいぶんたくさん存在する。2002年、イギリス政府はウサマ・ビン・ラディンを見つけるために超能力者を雇う計画をたて、透視能力の調査のために1万8000ポンドを使ったという(「Newsweek日本版」2007年3月7日号による)。超能力に比べて「球の重さ」はちょっと放置され過ぎではないか。野球少年の集うWEB掲示板なんかでは周期的に散発的に話題になるが、掲示板のピーチクパーチクで終わり、ちゃんと考えようとした例はほとんど見たことがない。

次ページ以降、「重い球」について真面目に考えてみたい。私は野球に詳しいわけでもなく、物理にも弱く、それ以前にそもそも(これを書く過程で痛感してるのですが)思考力が弱い。でも、詳しい人が書いてくれてないので仕方ない。実力はないが、とりあえずやってみよう。

みなさん『絶対音感』という分厚い名著をご存じでしょうか。さいきん久しぶりに読み返して、ああ、最相葉月さんが『球の重さ』というタイトルで一冊書いてくれたらどんなにいいか、とつくづく思いました。自分と最相葉月の差は何かと考えてみると、まあ思考力も構成力も文章力もさることながら、とりわけ明らかに負けているのは行動力だ。この人だったら江川や掛布や井端やウッズや落合博満や豊田泰光や達川光男や和田毅や川上憲伸や鈴木孝政や手塚一志や姫野龍太郎に片っ端から電話をかけて、わたくし最相と申しまして球の重さについて調べているのですが御都合よろしい時に1時間ばかりお話お聞かせ願えませんでしょうか、と言いそうな気がする。つまりオレも行動すればいい、ということか。言うは易しなんだが・・・


重い球、軽い球